まにまにころころ[161]ふんわり中国の古典(論語・その24)孔子先生はなんだかんだ子路が大好き/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

投稿:  著者:  読了時間:11分(本文:約5,100文字)



コロこと川合です。ここしばらく大阪はG20で大騒ぎでした。街中が警官で溢れ、その景観はある意味では壮観でもあったり。この日曜にやっと交通規制も解除、今日からまた日常が戻ってくる感じです。

そうこうしてる間に月も変わって七月、今年も半分が終わってしまいました。もっとのんびり生きたいところなんですけど、月日だけがどんどんと過ぎて、なんとも慌ただしい気持ちに。G20騒ぎの間だけは、ちょっと非日常感もあり、面白かったと言えなくもないような、そうでもないような。

たまにそんなイベント事をはさみつつ、そしてゆっくり『論語』など読んで、晴れた日には気の向くままに散歩に出かけたり、そうした隠遁生活を夢想する今日この頃です。疲れてるんですかね。(笑)

とりあえず、せめて隔週こうやってみなさんと『論語』を読むこの時間だけは、のんびりとした気持ちで過ごしたいと思います。





その『論語』ですが、初回に参考とするテキストとして、手元にあった
岩波文庫『論語』金谷治
講談社学術文庫『論語』加地伸行
ちくま文庫『論語』斎藤孝

この三冊を主に参考にすることにすると書いて、あとはあれこれ参照しつつと言っていたのですが、いつの間にか論語の本がどんどん手元に増えてきたので、追加でもう数冊、ご紹介します。

明徳出版社『論語 朱熹の本文訳と別解』石本道明・青木洋司

これは以前にも紹介したかもしれません。タイトルの通り、朱熹の解釈をベースに、有名どころの異なる解釈も併せて記されていて、毎回この本を一番参考にしているように思います。

講談社学術文庫『論語新釈』宇野哲人

こちらは本文については朱熹の解釈で、ところどころ図解も加えられていて、分かりやすいです。これまでにも何度かありましたが、よく分からない古代のアイテムが話に出てくることがあるじゃないですか。ああいうのがイラストで紹介されていたりします。前述の同出版社『論語』加地伸行も同じくイラスト豊富ですので、講談社の方針なんですかね。ありがたい。

岩波書店『論語の新研究』宮崎市定

論語全般の研究書です。古書で買ったものですが、初版が1974年で、手元のが1982年の第四刷。そう古い物でもないと思って油断していたら、なんとこれ、漢字が旧字体でして。1974年って、そんな時代でしたっけ???

岩波書店『完訳論語』井波律子

挙げた中では最も最近、2016年に出版されたもの。本文はシンプルにとどめ、ひとつひとつに著者の丁寧な解説がついていて分かりやすいです。索引も充実。

とりあえず、直接的なものは以上です。

訳も解釈も少しずつ違って面白いですが、ひとつの書を読むのにどれだけ本を並べてるのやらと。研究者ならともかく。(笑)

さて、どれだけ本を並べていても進まないので、本編に移りましょうか。


◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」八

・だいたいの意味

学びたい気持ちがあふれ出るようでなければ、目をひらいてやろうとしない。言葉に表そうとして表しきれずに苦しむくらいでなければ、助けようとしない。四隅のひと隅を教えて、あとの三隅を自ら考えて返してくるようでなければ、繰り返しては教えない。

──巻第四「述而第七」八について

前回の最後は、最低限の礼をもって入門してくるなら、誰にでも教えるよという話でしたが、その続きにこれがくるんですね。誰にでも教えるけれども、その姿勢は重視するよと。

教える立場の人は、ものすごく共感されるんじゃないでしょうか。(笑)

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」九

・だいたいの意味

孔子先生は、服喪中の方の側で食事される際には、決して満腹まで食べられるようなことをされなかった。先生は、喪を弔って嘆かれたその日は、歌われることもなかった。

──巻第四「述而第七」九について

孔子先生の喪礼についてですね。食事を控えめにされるのはともかく、現代も葬儀の帰りにカラオケ行くような人はなかなかいないでしょうけど、当時は、日常的な学問のひとつとして詩を吟じたりする時代ですので、そういうことも当日は控えられたということかと。

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十

・だいたいの意味

孔子先生が顔淵に仰った。
用いられれば働き、捨てられれば隠遁する。そんな生き方ができるのは、私とお前だけだろうな。

子路が言った。
先生が大軍を率いられるなら、誰と共になされますか。

孔子先生が仰った。
暴虎馮河、暴れる虎に素手で立ち向かい、大河を徒歩で渡ろうとするような、それで死んでも悔いもないというような者とは、私は共に行かない。行くなら、事に臨んでは慎重で、万全の計画をもって成し遂げようとする者だ。

──巻第四「述而第七」十について

子路萌えのエピソード。いつものことながら、顔回を褒める孔子先生の言葉を聞いた子路は、嫉妬したのか、孔子先生に、

戦争行くなら誰と行かれますか? 腕の立つ私なんていいんじゃないですかね? 青二才の顔回じゃ心許ないですよね?

ってなノリで聞いたんですよね。で、返り討ちにあったと。

子路は熱血型のオヤジです。顔回は子路とは親子ほど年の離れた若者です。

これは別に、孔子先生が顔回を評価する一方で、子路を低く見ていたわけではなくて、子路の性格に合わせてのことです。褒めると調子に乗るから。(笑)

戦ならもちろんお前だよ、なんて言わず、行くなら思慮深い者と行く、と言うことで、子路にもその思慮深さを持たせようとしたんでしょう。

孔子先生はなんだかんだ、子路のこと大好きです。『論語』の中で最も名前の出てくる回数が多いのがこの子路です。

子路は誰にでも、孔子先生にでさえも言いたいことを言う真っ直ぐな性格で。

最期は、反乱を起こした元・衛国太子に詰め寄って暴言を吐いて、その臣下にめった斬りにされてしまったそうで。孔子先生の心配的中というか……

子路が衛国にいることを知っていた孔子先生は、衛国で反乱が起きたと聞いて、子路は死んでしまうだろうと言われたとの話もあります。

前にも紹介したかもですが、この子路を描いた『弟子』という小説を中島敦が書いています。青空文庫で無料で読めますし、短編ですのでぜひ。

・『弟子』中島敦
https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html

URLを記したものの、青空文庫はビューワーアプリか、Kindleで0円で買って読むほうが読みやすくてオススメです。

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十一

・だいたいの意味

富というものが追求してよいものであるなら、鞭を執る下級職でも私は就いて富を追求しよう。そうでないものなら、私は自分の信じる道を生きよう。

──巻第四「述而第七」十一について

もってまわった言い方で「富は追求すべきではない」って言ってるんですね。少し後にも、違う言い方で似たようなことを言ってるのが出てきます。

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十二

・読み下し文

子の慎しむ所は、斉・戦・疾。

・だいたいの意味

孔子先生が慎重にあたられるのは、斎戒と戦と病気に対してである。

──巻第四「述而第七」十二について

斎戒、ものいみ、というのは、祭祀にあたって身を清めることです。礼のうちと考えれば、礼に対して孔子先生が真摯なのは言うまでもなく。

後のふたつが、戦と病気。戦に対して慎重なのは当然ですね、死んじゃうし。そして、病気ですよ。孔子先生は健康を大切にされています。

食事や食材の鮮度に気をつけられる話なんてのも、そのうち出てきます。

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十三

・だいたいの意味

孔子先生は、斉国で韶の音楽を聴くこと三ヶ月、肉の味も分からなくなった。仰るには、音楽というものがこれほどまでに素晴らしいとは思わなかった、と。

──巻第四「述而第七」十三について

韶(しょう)というのは、聖人の舜が作ったとされる音楽です。孔子先生は、斉国でこの韶を聴いて学んで、その素晴らしさに感動のあまり、肉を食べても味が分からなくなるほどに没頭されたと。

この時に初めて音楽の素晴らしさに気づいたみたいなこと仰りようですけど、孔子先生、教養としてかもしれませんが、もともと詩とか歌がお好きなので、より一層ここで音楽にハマった、という感じかなと。

斉国に亡命されていた、三十五歳頃の話みたいなので、まあまあ若い時です。

私は、芸術に触れて味も分からなくなるほどの感動をおぼえる、という経験がないので、ちょっと羨ましいです。どんなに感動しても、肉は美味しい。(笑)

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十四

・だいたいの意味

冉有が言った。
孔子先生は衛国の君主を助けられるだろうか。

子貢が言った。
よし、私がお伺いしてこよう。

先生の部屋に入り子貢が言った。
伯夷・叔斉というのはどういった人物でしょうか。

孔子先生が仰った。
いにしえの賢人である。

ふたりは恨みを抱いていたでしょうか。

孔子先生は仰った。
仁を求めて仁を得たのだ。何を恨むことがあっただろうか。

子貢は退室して、冉有に言った。
先生は助けられないだろう。

──巻第四「述而第七」十四について

謎かけみたいな話ですね。

衛国ではお家騒動のまっただ中。孔子先生はそれに介入されるのかなと、冉有が子貢に相談したところ、子貢が「ちょっと聞いてくるよ」と。

伯夷・叔斉は、以前、何かの折に紹介したように思いますが、お家騒動を避け、共に身を引き合って出奔した兄弟の話です。

伯夷・叔斉を賢人として高く評価される言葉を聞いて子貢は、孔子先生は介入されることなく、当事者に任せられるだろうと判断したということです。

伯夷・叔斉と衛国の状況はかなり違うんですけどね。

伯夷・叔斉は、三兄弟で、伯夷が長男。叔斉が三男。王が三男の叔斉を後継者に指名したところ、叔斉は長男の伯夷を差し置いて王になるなんて、と辞退。

伯夷はそれを聞いて国を出たところ、叔斉もその後を追って国を出たという話。なお、国は結局、次男が継いだらしいです。

伯夷・叔斉のふたりは国を出た後にも逸話があるんですが、今回は割愛します。

一方、衛国のお家騒動というのは、もっとドロドロです。

前に、南子という女性が出てきたのを覚えてますでしょうか。孔子先生がその南子に会いに行ったというのを聞いて、子路が不満を言う話。

この南子というのは、妖艶で奔放な女性で。衛国王、霊公の妃なんですけど、あまりに奔放だったのか、息子のカイカイに、この母は生かしておくべきかと命を狙われる始末で。ところがカイカイは南子の抹殺に失敗。国外逃亡します。

その後、霊公が亡くなると、カイカイの子が出公として即位。すると、それを聞いたカイカイが衛国を攻めてくるという、大混乱ぶりで。

子路が暴言を吐いた元・衛国太子というのが、このカイカイです。

そう思うと、孔子先生がもしこのお家騒動に介入して、もし丸く治めることができていたなら、子路はそこでは命を落とさなかったかもしれないと思えば、なんとも複雑ですね……もっとも、孔子先生がどうこうできる話でもなかったように思いますけれども。

◎──巻第四「述而(じゅつじ)第七」十五

・だいたいの意味

粗食を食べて水を飲み、肘を曲げてこれを枕にする。楽しみはその中にある。不義な行いで富み、地位を得ても、私にとってそんなものは、浮き雲のようなものだ。

──巻第四「述而第七」十五について

富に対する話、また出てきました。ただ、孔子先生は富そのものを否定してはいません。義にはずれた行いで富を得ても意味がないだろうと。

以前にも、利益ばっかり求めていては恨まれるよ、とありましたが、むやみに金・金・金! という態度はよろしくないよ、ということです。

賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂いに堪えず。回や其の楽しみを改めず。賢なるかな回や。 (「雍也第六」九)

と、慎ましい暮らしを楽しむ顔回を評する話もありましたね。

◎──今回はここまで

またちょっと長くなってしまいました。その割には進みませんでしたが……

そういえば、冒頭で触れ忘れていた大河ドラマですが、昨日から第二部に入り、主人公は阿部サダヲ演じる田畑政治に。次の五輪に臨むにあたって、また金がなくて難儀している体協を尻目に、なんと大蔵大臣の高橋是清に直談判。

高橋是清を演じたのは、先日亡くなったショーケンこと萩原健一。これが最後の作品だったそうです。次週もおそらく出てこられるので、ぜひご覧ください。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
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