日々の泡[014]陶酔の時よ来い【美しい夏・女ともだち/チェーザレ・パヴェーゼ】/十河 進

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60年代後半から70年代前半、要するに僕が高校大学の頃、晶文社の本は高かったけれど若者たちに人気があった。高校生のとき、僕は背伸びをして犀のマークの晶文社から出ていたロープシン(サヴィンコフ)の「蒼ざめた馬」を買ったものだ。ポール・ニザン著作集の第一巻「アデン・アラビア」を買ったのは大学一年生のときである。

「アデン・アラビア」は「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせない」という冒頭のフレーズが有名で、当時の若者たちはそのフレーズだけをノートに書き写したり、口ずさんだりした。といっても、結局、今まで「アデン・アラビア」を読み通したという人には会ったことがない。

その晶文社からチェーザレ・パヴェーゼ全集が出ていたのが、やはり1970年前後だった。これは15巻ほどで完結するはずだったが、半分ほど刊行された時点で中断した。現在は、岩波書店から「パヴェーゼ文学集成」が出ているし、岩波文庫では代表作のいくつかが読める。




僕は大学のフランス文学科に通っていたのだけれど、イタリアの作家であるパヴェーゼは人気があり、友人から「『月と篝火』を読んだか?」などと言われた。パヴェーゼは自殺した作家だから人気があるのかな、と僕は考えたが、そのまま読むこともなく、ずっとそのことが気にかかっていた。

卒業して何年か経った頃、書店で白水社の「世界の文学」シリーズでパヴェーゼの「美しい夏・女ともだち」が出ているのを見つけ、その頃には経済的余裕もあったので美しい白いハードカバーの単行本を買った。1979年のことで、定価は1300円。まだ消費税は導入されていない。僕は就職して4年、28歳だった。

白水社「世界の文学」シリーズには、映画化されたファウルズの「コレクター」やアップダイク「走れうさぎ」、サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」といった売れ筋と共に、当時はそれほど注目されていなかったアルゼンチンのボルヘスなども出ていた。イタリアの作家としては、パヴェーゼの他にイタロ・カルヴィーノ「木のぼり男爵」が出ているだけだった。

チェーザレ・パヴェーゼは1950年8月27日、北イタリアのトリノのホテルの一室で睡眠薬自殺を遂げた。生まれたのは1908年だから、42年間の人生だった。同じ頃に自殺した作家というと、日本では太宰治を思い浮かべるが、太宰は1909年に生まれ、1948年(昭和23年)に玉川上水に山崎富栄と共に入水した。太宰はパヴェーゼより1年遅く生まれ、2年早く死んだことになる。

白水社版「美しい夏・女ともだち」の解説によると、死の前日、パヴェーゼは「幾人かの女性につぎつぎに電話して夕食を誘ったが、はかばかしい返事はひとつも得られず、最後にいかがわしい場所の女を呼びだしたが、その女にさえ『行きたくないわ、あんたは嫌なひとだし、あんたに会ってもつまんないもの』と言われた」という。女の言葉は、ホテルの交換手が聞いたものだった。

人は誰かに拒絶されることによって、ひどく傷つく。僕は高校生のとき、同級のある男から「おまえ、好かんわ」と面と向かって言われたことがあり、しばらく落ち込んだ。その男とは、まったく住んでいる世界が違うと感じていたし、特に友達になりたいとは思っていなかったけれど、そのときからしばらく「人から拒絶されること」について考えたものだった。今も、そのときの相手の表情が浮かんでくる。

パヴェーゼも女たちに拒絶されたことで、傷つき落ち込んだのだろうか。それが絶望を呼び起こし、死に至ったのか。そんな作家の人生を知って「美しい夏・女ともだち」を読むと、ひどくやるせない気持ちになった。その2篇は死の前年、1949年に発表された小説だった。そして、僕は「美しい夏」の冒頭の数行が特別に好きになった。

----その頃はしじゅう楽しいお祭りさわぎがつづいた。家を出て、通りを横ぎればたちまち熱狂できたし、あらゆるものがほんとにすばらしかった。(菅野昭正・訳)

その文章を読んだとき、僕にもそんな時代があったのだという想いが湧き上がってきた。そのフレーズは、なぜか僕が好きだったアルチュール・ランボーの「いちばん高い塔の歌」を金子光晴が訳したフレーズを連想させた。昔からことある度に、僕は「いちばん高い塔の歌」の最初の詩句を口にする。

  束縛されて手も足も出ない うつろな青春
  こまかい気づかいゆえに 僕は自分の生涯をふいにした
  ああ 心がただ一すじに打ち込める
  そんな時代は ふたたび来ないものか?

ちなみに小林秀雄訳では後半は、『時よ来い ああ、陶酔の時よ来い』となっていて、そのフレーズの方が「美しい夏」の冒頭と通じ合うような気がした。要するに、「美しい夏」では「しじゅう楽しいお祭りさわぎがつづいた」時代は去り、語り手はその頃の回想に浸っている。過ぎ去った昔は、帰ってはこない。その寂寥感が冒頭から漂い、かつての陶酔の時を渇望する。

330ページほどある単行本の後半は「女ともだち」で、こちらの方が「美しい夏」より少し長かった。僕が「女ともだち」を読みたかったのは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督が映画化しているからだった。映画化作品の日本初公開は1964年だが、制作されたのは1956年である。

「女ともだち」はアントニオーニの監督三作めであり、彼の評価が高まった「さすらい」(1957年)「情事」(1960年)「太陽はひとりぼっち」(1962年)の日本公開後に初期作品として公開された。しかし、僕は「女ともだち」は「太陽はひとりぼっち」より好きだった。

僕がアントニオーニの「女ともだち」(1956年)を好きなのは、主演がエレオノラ・ロッシ=ドラゴだからだ。僕はエレオノラ・ロッシ=ドラゴの出演作品は、他には「激しい季節」(1959年)と「刑事」(1959年)しか見ていないが、気品ある大人の女性の魅力に若い頃からまいっている。日本の女優で言えば、亡くなった白川由美みたいなイメージである。

エレオノラ・ロッシ=ドラゴは僕の母と同じ歳だったから、2007年に82歳で亡くなっている。しかし、「女ともだち」を見ると、30歳の美しい彼女の姿が永遠に残っているのだ。パヴェーゼが自殺した6年後の映画だった。映画の舞台はトリノ。パヴェーゼが死んだ街だった。「女ともだち」は、ヒロインの仲良くなった若い女ともだちが自殺して終わる物語だった。


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