まにまにころころ[167]ふんわり中国の古典(論語・その30)孔子先生の言葉はちょっとした愚痴まで残す、それが論語/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

投稿:  著者:  読了時間:13分(本文:約6,100文字)



コロこと川合です。ラグビーワールドカップも終わっちゃいましたね。世間はすっかり晩秋〜初冬くらい? 日によってかなり寒かったりそうでもなかったり。みなさま体調管理には十分お気をつけください。

私は風邪ひいたり病気になったりではないんですが、寝込むほどの勢いでフラフラです。今月、二週続けて大きめの2DAYSイベントで、スタッフとしてお手伝いがありました。

ひとつ目はちびっこ向け、ふたつ目はエンジニア向け。合わせて数千人が来場。ひとりでも多くの人に来場して欲しいという思いと、ひとりになりたい思いがせめぎ合う二日間×二週。疲労困憊とはこのことかと今、実感しています……

どこかに逃げてゆっくり本でも読みたい! そうだ、まずは『論語』を読みましょう。ということで、今回もひとつお付き合いください。





◎──巻第五「子罕(しかん)第九」一

・だいたいの意味
孔子先生は、利益のことをあまり語られなかった。天命のことと、仁のことについても。

──巻第五「子罕(しかん)第九」一について

いやいや、仁の話、めっちゃしてるじゃん!ってことで諸説あります。

利益のことについての部分、欲を刺激するようなこと、とする解釈もあります。そうすれば、欲を刺激するようなこと、またあまりに大きなテーマについては、あまり語られなかった、と、少しまとまりがよくなります。

それでも仁の話はしてる、という点については、してるけど明確に定義づけるようなことは、あれだけ語りながらも一度もしてないよね、とも。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」二

・だいたいの意味
達巷党の人が言った。孔子先生は偉大だねえ。広く学ばれていて、特定分野の名声は持たれない。孔子先生はこれを聞かれて、門人たちに仰った。私はどの分野で名声を得ようかな。御者にしようか、弓にしようか。御者かな。

──巻第五「子罕(しかん)第九」二について

多才ですごいねえって褒められたことを聞いて、ジョークで返す孔子先生です。

ただ孔子先生は、多才なことをあまり誇らしくは思われていません。その話は少し後にでてきます。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」三

・だいたいの意味

麻を複雑に織り上げた冠は礼にかなっている。今これを絹で代用しているのは、倹約のためである。だから私は人々に従おう。

堂の下に降りて拝礼することは礼にかなっている。今これを堂上から拝礼しているのは、ただの傲慢である。だから私は、人々と異なっていても、降りよう。

──巻第五「子罕(しかん)第九」三について

昔と今とでは礼の形が異なることがある。でも、その異なる理由によっては、今風に改めるべきものと、そうでないものがあると、孔子先生は考えられています。

礼は、いわゆる礼儀作法と、そして儀礼における作法とを合わせたようなものに対する心構えや振る舞いですが、ちょうど日本では古くからの儀礼を見聞きする絶好の機会が今、立て続けに訪れていますね。

形式自体は時代の変遷などなどで変化していますが、心の有り様は、永く引き継がれてきたものでしょう。先日の即位の礼も、近々の大嘗祭も興味深いです。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」四

・だいたいの意味
孔子先生は四つのことを絶たれた。
意なし:個人的な思いにこだわらない
必なし:無理を押し通そうとしない
固なし:執着しない
我なし:我欲にとらわれない

──巻第五「子罕(しかん)第九」四について

四つの内容にいくらか異なる説もありますが、だいたいこんなところかなと。全部一緒にも見えますけどね。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」五

・だいたいの意味

孔子先生が匡で襲撃された。その時、孔子先生が仰った。文王は既に亡くなられているが、(文王の築かれた)文化はここ(孔子の身)に存在するではないか。天の意志が(文王の築かれた)文化を滅ぼすというのならば、後代の私がその文化にあずかれるはずがない。天の意志はその文化を滅ぼさないというのだから、匡の者などに私をどうこうできるはずがない。

──巻第五「子罕(しかん)第九」五について

そのままの内容なんですが、ちょっと分かりにくいですかね。

周の礎を築かれた文王(姫昌)は、もちろんずっと昔に亡くなっています。でも、その文王が築いた「文」、つまり礼などの文化は、孔子先生の中に今もあります。

もし、天の意志が、文王の築いたものなど滅ぼしてしまえ、というものであるとしたら、とうの昔に滅びて、孔子先生の時代まで残っていなかったはず。

なのにこうして残っているのだから、天の意志は文王の文化を滅ぼさないで、残そうとするものであるはずだ。

じゃあ襲撃されたところで、文王の文化を大切にしている私に危害などおよぶはずがないだろう、と。

とんだ詭弁ですけどね。(笑)

襲撃を受けて混乱するまわりの者を落ち着かせようとしたんでしょう。

なんでも陽虎という、孔子先生とも因縁浅からぬ奴がこの匡の地でひどいことをしたらしく、容姿が陽虎に似ていた孔子先生は人違いで襲われたそうです。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」六

・だいたいの意味
大宰が子貢に問うた。孔子は聖者なのか? その割には多才なようだが、と。

子貢は答えた。もちろん、天がこれを許す聖者の器であるお方で、その上で、多才でもあられるのです、と。

孔子先生はこれを聞かれて仰った。大宰は私をよく知っているね。私は若い時、身分の低い者だった。それだから、つまらない仕事にも多才なのだ。君子が多才であろうか。多才ではないものだ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」六について

身分が低かったから、生活上の必要に迫られて、あれこれ色々と自分でできるようになったんだよと。聖者だ君子だという立派な人間は、もっと大きな仕事に才能を発揮する者で、こまごまと何でもできるような人物ではないんだと。

大宰とは、かなり上位の役職で、ここにでてくる大宰は呉の伯ヒ(はくひ。ヒは喜に否という字)だと言われています。この伯ヒ、元は楚の人ですが、政争に巻き込まれて呉に亡命した人です。

先に同じような理由で楚から呉に亡命していた伍子胥(ごししょ)を頼って呉で闔閭(こうりょ)に仕え、後に伍子胥たちと共に楚を滅亡寸前まで追い込み復讐を果たします。その時代に子貢に会ったんですね。

が、さらにその後、伯ヒは賄賂で籠絡されて越と内通、呉を混乱に陥れました。

結果、越は呉を滅ぼすんですが、越王の勾践(こうせん)は、あまりにも酷い伯ヒのクズっぷりにあきれて、見せしめとして処刑したそうです。

伯ヒや伍子胥は、『孫子兵法(原題:兵聖)』という中国の大河ドラマに出てきます。孫子は呉の軍師。こんなところで孔子と孫子が繋がってこようとは……

どこまで史実か分からないような時代の話ですが、孔子と孫子が同時代の人で、近くでそれぞれ活躍していたなんて、歴史浪漫ですねえ。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」七

・だいたいの意味
牢が言った。孔子先生が仰いました。私は用いられなかった、だから芸達者なのだ、と。

──巻第五「子罕(しかん)第九」七について

この七を六とひとまとめにするテキストもあります。朱熹はそうしています。内容はそのままです。牢とは、ここにしかでてきませんが、孔子先生の門人のひとりだそうです。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」八

・だいたいの意味
私が知っていることなどあるだろうか。知っていることなどない。ただ、取るに足りない者がいて、私を訪ねてきて、私に真摯に問いかけるなら、私は終始話を聞いて語り合い議論を尽くすだけだ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」八について

知者でもなんでもないんだが、相手がどのようなものであっても真摯な問いに対しては、誠心誠意語るだけだよ、と。こういった孔子先生のスタイルは、以前にもでてきましたね。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」九

・だいたいの意味
鳳凰は来ないし、黄河に図も現れない。私もおしまいだよ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」九について

聖天子が世に現れると、鳳凰が飛んできたり、黄河に神秘的な図が現れるそうです。孔子先生がせっせと理想を説いているのに、世はいっこうによくならず、そういった吉祥が現れない。それを嘆いて愚痴った孔子先生の言葉です。

孔子先生の言葉はちょっとした愚痴まで残す、それが論語。自分が孔子なら、書いたやつ出てこいと問い詰めますね。(笑)


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十

・だいたいの意味
孔子先生は、近親者を亡くした喪服の者、礼装の者、視覚障害の者を見れば、相手が若くとも必ず立ち上がり、すれ違う時は礼に従って小走りになられた。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十について

目の悪い人に礼を示すのは当時の慣習だったようです。また、礼を示すべき相手とすれ違う時には、小走りでささっと脇を通るのも、当時の礼儀だったようです。この話は、いずれまた少し詳しく出てきます。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十一

・だいたいの意味

顔淵は深くため息をついて言った。
孔子先生という人は、仰ぎ見ればいよいよ高く、斬ればいよいよ堅く、見れば前にいて、ふと気づけばいつの間にか後ろにいる。また順序立てて上手に人を学問の道へと誘う。書物で私の見識を広め、礼で私を引き締められる。もう、辞めようと思っても辞められない。既に私の才は尽くしているのに、まるで、足場の上にいらっしゃるかのように、はるか高みに立っておられる。なんとかついて行きたいのに、方法が見つからないよ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十一について

孔子先生、半端ないって! もう! アイツ半端ないって!
高いし堅いし前かと思えば後ろにおるし!
めっちゃ上手に教え導くもん!
そんなんできひんやん、普通!?
そんなんできる?
言っといてや、できるんやったら!
そんな感じで嘆く顔淵です。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十二

・だいたいの意味
孔子先生が重病になられた。子路は門人を臣下のように仕立て(孔子先生の逝去に備え)た。

病状が少し良くなって、孔子先生が仰った。長いことずっと、由(子路)は偽ろうとする。私には家臣がいないのに家臣がいるように仕立てたりして。私はそれで誰を欺くのだ。天を欺くのか。それに、私はそのような家臣に看取られて死ぬよりも、むしろお前たち門人に看取られ死にたいよ。また、私はたとえ大葬で送られないにしても、路上でのたれ死ぬこともないだろうよ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十二について

子路は孔子先生が大好きで、ちょいちょい行き過ぎるんですね。孔子先生も、そんな子路のことをよく分かってるから、愛情たっぷりにたしなめる。

当時、国の重職に就く者は多くの家臣を従えていて、その臨終に際しては家臣があれこれ手配を尽くすものでした。孔子先生は、この時は国の役職に就いておられず、家臣を持たない身だったのですが、子路は孔子先生の最期を立派なものにしようと、門人たちを集めて家臣のように振る舞わせることで、体面を整えようとしたんです。

幸い孔子先生は持ち直し、そんな子路に、お前なあ、と。

そんな偽物の家臣団を用意してまで、何を偽るのかと。私はそうまでして誰の目を欺けばいいのかと。人の目なんてどうでもいい。ってことは、天を欺けばいいのかと。

そんな感じでちょっと責めつつ、お前らが看取ってくれたらそれでいいんだよ、と。別に立派な葬式で送られはしないとしても、のたれ死にってわけでもないだろうと、軽くユーモアも交えつつ。

子路もばつが悪かったでしょうねえ……葬式の準備までして。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十三

・だいたいの意味
子貢が言った。ここに美玉があるとします。箱に納めてしまいこみましょうか。良い買い手を求めて売りましょうか。

孔子先生が仰った。
売ろう、売ろう。私は買い手を待っている者なんだよ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十三について

隠居状態の孔子先生に、もう出仕する気はないんですか、と遠回しに訊く子貢。良い引き合いがあればいつでも喜んで、と答える孔子先生。今でも色んな場面で使えそうなやり取りですね。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十四

・だいたいの意味
孔子先生が九夷(東方の異民族の地)に引っ越したいと仰り、ある人が言った。土地柄が良くないそうですよ、そのあたりどうしますか、と。孔子先生が仰った。君子が居れば、土地柄も何も問題で無くなるだろう、と。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十四について

教えを説いても世の中が良くならないので、これまた孔子先生の愚痴です。それを聞いた人が、あまり良くない地域らしいですよと言ったのに対し、君子が住めばそんなこと解決するよと。

孔子先生、珍しく自分のことを君子だと言ってますが、それほどどうでもいい、単なる愚痴と軽口ってことですね。孔子先生の言葉はちょっとした愚痴まで残す、それが論語。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十五

・だいたいの意味
私が衛国から魯国に帰って、それで楽は正された。雅も頌も、それぞれ正しい場所に整理された。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十五について

雅は宮廷雅楽、頌は宗廟を祀る歌らしいです。私がちゃんと整理したんだよ、と功績を主張する孔子先生。

どうでもいい話ですが、弊社のすぐ近所に雅頌という名のもんじゃ焼きの店があります。焼く音を喩えての名前でしょうかね。行ったことないですが。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十六

・だいたいの意味
外では公卿に仕えて、家では父兄に仕える。葬儀にはしっかり励んで勤める。酒を飲んで乱れたりしない。私にとっては苦にならない、何でもないことだよ。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十六について

最低限こんな風でありなさい、と言われてもなかなかきっちりそれをするのは難しいといったようなことを並べて、私には何でもないことだよと孔子先生。みんなもちゃんとしようね、くらいの話ですかね。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十七

・だいたいの意味
孔子先生が川のほとりで仰った。過ぎゆく者はこの流れのごときか。昼も夜も休むことなく。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十七について

短いこともあって色んな解釈がありますが、正解は孔子先生のみぞ知る。

センチメンタルな解釈から、昼夜休まず勉学に励めとする解釈まで色々とあるようですが、好きに解釈していいんんじゃないですかね。


◎──巻第五「子罕(しかん)第九」十八

・だいたいの意味
私は未だ、色を好むように徳を好むこと者を、見たことがない。

──巻第五「子罕(しかん)第九」十八について

私も見たことないです。(笑)


◎──今回はここまで。

今回ちょっと長くてすみません。子罕は短めなので、次回で終わろうとして、半分ほど進めてみた次第です。章によって長短あるので終わらないかもですが。

いつの間にか年内も残りわずかですし、どんどん読み進めようということで。忙しい時期に入ってきますが、どうぞお付き合いください。


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