映画と夜と音楽と…[309]少年の黒く艶やかな瞳
── 十河 進 ──

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誰も知らない●クエンティン・タランティーノを魅了した瞳

その年のカンヌ映画祭審査委員長を務めた映画監督クエンティン・タランティーノに「多くの映画を見たが、最後まで脳裏を去らなかったのは彼の瞳だ」と言わしめた、その少年の視線が僕も忘れられない。映画を見終わっても、鋭く、そして悲しみを秘めた少年の瞳が浮かび上がってくる。

「誰も知らない」という映画は、実話を元にしていると聞いた。その内容もある程度情報として入っていた。だから、「誰も知らない」(2004年)を見ることに二の足を踏んだのだ。辛くて見られないのではないか、あまりに悲惨で目を背けたくなるのではないか、そんな思いがあった。

実際の事件は、1988年に東京・西巣鴨で起きたという。出生届も出されておらず、学校にも通っていない四人の子供を置き去りにして、新しい恋人と暮らすために母親が出ていった後、一年間、子供たちだけで生きていたという事件である。そして、長男の友人の折檻によって二歳の三女が死んでいる。

長男は、その二歳の妹の遺体を友人二人と一緒にビニール袋に包み、さらにボストンバッグに詰めて電車で運び、深夜に秩父市大宮の公園脇の雑木林に捨てた。遺体を捨てた後、帰る電車がなかったため、その夜は駅で明かしたという。無惨としか言えない話だ。


だが、ポスターで見た長男を演じた少年(柳楽優弥)の視線が印象的だった。さらに史上最年少の十四歳でカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞したというニュースに後押しされて、僕は「誰も知らない」を見た。そして、淡々とした描き方に感心しながらも、ときおりこみ上げてくるものをこらえながらも、やはりいたたまれない気持ちになった。

子供たちが不幸であることが僕には耐えられない。子供同士で傷つけあうことにも心が痛む。だが、不幸な子供たちは世の中にいくらでもいる。世界を見れば、様々な不幸は弱者である子供たちに襲いかかるのだ。戦争、災害、飢餓…、すべてまっ先に子供たちに犠牲を強いる。

戦争や飢餓とは無縁のような現代の日本でさえ、不幸な子供たちのニュースが後を絶たない。保護者がいなければ人間の子供は育たない。その保護者であるべき親たちが子供を棄てる。虐待する。殺しさえする。そんなニュースを聞くたびに僕はいたたまれなくなる。しかし、何をすることもできない。

戦争や飢餓で苦しむ子供たちになら、ささやかだが何らかの支援をすることはできる。たとえ、それが自己満足だと言われようと、偽善だと言われようと、そうした小さな支援が大きな救いになることもあると僕は思う。だが、マンションの隣の部屋で親に虐待されている子供にどう手を差し伸べられる?

「誰も知らない」にも、そんな隣人が出てくる。薄々は変だと感じながら、何も救えない大人たちだ。実際の事件でも大家が警察に通報したのは「子供たちだけで住んでいて、不良の溜まり場になっている」という理由からだった。長男がよく買い物をしたコンビニの店長も「変だとは思っていた」と取材に答えている。

●少年の瞳の奥の深い悲しみ

映画は、大きなトランクを脇に置き羽田に向かうモノレールに乗っている少年の描写から始まる。初めて見る人はそのシーンが何を意味しているのかはわからないだろう。だが、映画を見終わってもう一度ファーストシーンを甦らせるとき、観客たちは少年の瞳の奥に見えたものが「深い悲しみ」だったことに気付く。

幼い妹を死なせてしまった悔いが、彼の表情を覆っている。その妹を弔うために、生きているときに約束したように、飛行機の見える場所へ妹を連れていこうとしているのだ。生まれてからほとんど外へ出してもらえなかった、たった数年しか生きられなかった妹である。社会的には存在さえしていなかった妹だった。

そのシーンで大切そうにピンク色の大きなトランクをなでる少年の手が描写される。そのシーンに静かにタイトルが出て次のカットでは、新しいアパートに引っ越してきた母親と少年が大家に挨拶している。母親は父親が海外赴任しており、少年とのふたり暮らしだと説明している。

トラックが到着し、荷物をおろし始める。少年は明るい顔になり二階から駆け下り、トラックの荷台を心配そうに見る。大きなトランクが二個、荷台の真ん中に置かれている。少年は「おかあさん」と呼びかけて、ふたりでピンク色の大きなトランクを運ぶ。

階段を昇りきったとき、ドスンとトランクの片端を落としてしまい、少年はハッとした表情になる。心配そうに母親を窺う。愛しそうにトランクをなでる。部屋に運び込んだトランクを開けると小さな幼女が現れる。もうひとつのトランクからは男の子だ。少年の弟と妹である。

やがて夜になり、少年は駅にいく。そこに小学生の高学年らしい年頃の少女が待っている。少年のもうひとりの妹だ。大きくなったのでトランクに入れなかったのだ。少年は人目を避けるようにして妹をアパートに連れ戻る。少女が最初に聞いたのは「部屋、広い?」であり、次に「洗濯機は?」である。

長女である彼女の仕事は洗濯なのだろう。案の定、子どもたちはベランダさえ出てはいけないと母親に言われているが、洗濯のときだけはベランダに出ていいと彼女は言われる。子どもたちに戸籍はなく、小学校さえ通っていない。部屋から出ることさえ禁じられている。

やがて、母親に好きな男ができ帰ってこなくなる。やがて送金も途絶える。子どもたちは自分たちだけで生きていかなければならない。少年は自分が働こうと思い、知り合いになったコンビニの店員に頼むが「十二歳では無理。警察とか福祉事務所に連絡したら」と言われ、「そんなことしたら四人で一緒に暮らせなくなるから」と答える。

少年は、妹や弟と一緒に暮らしたいのだ。家族を維持したいのである。学校にもいけないし近所の目を避けて暮らしていても、彼にとっては幸福な家族だったのだ。身勝手な母親ではあっても、少年の母親なのだ。母親が帰ってくるまで、彼は母親に言われた通り、弟と妹の面倒を見ようと決意している。

しかし、現代の日本に生きる十二歳の少年にとって、それはあまりに過酷なことだ。同じ世代の少年たちと知り合い、少年は彼らの遊びに染まり始める。コンビニでマンガを立ち読みし、テレビゲームやアニメに夢中になる。無理もないことだ。遊びたい盛りの時期に、彼は家族の中心にならざるを得なかったのである。

やがて、金が尽き電気も水道も止められる。彼らの理解者は、いじめで登校拒否になった中学生の少女だけである。公園の水道で身を洗い、コンビニで賞味期限を過ぎた弁当を貰うようなことまでして、少年は弟と妹を養おうとするが、次第にその重みに耐えられなくなってゆく。そして、幼い妹が死ぬ…

酔っぱらった馬の時間●過酷な状況が子供たちを結束させる

「誰も知らない」を見終わって十二歳の少年の悲しみを想像したとき、僕は、数年前に短期間入院したとき向かいのベッドにいた老人のことを思い出した。また「酔っぱらった馬の時間」というイラン映画が記憶の中から浮かび上がってきた。

その老人のことは「過酷な人生を恨まない」というコラムに書き、「酔っぱらった馬の時間」(2000年)については「誰かのために生きる」という回で佐藤忠男さんの映画評を紹介した。そのときには未見だったが、その後、僕は「酔っぱらった馬の時間」を見ることができたのだ。

短期間入院したときに向かいのベッドにいた老人は、疎開先に姉と弟と三人でいるときに十三歳で両親を東京空襲で亡くした。しかし、姉と弟と一緒に暮らすために東京で働き始めたという。十三歳である。終戦後のことだ。そんな話はいくらでもあった。だからこそ、当然のことのように十三歳の少年は覚悟を決めることができたのだろう。

「酔っぱらった馬の時間」のイランとイラクの国境地域に住むクルド人の兄妹たちも同じだ。長兄の病気の治療費と幼い弟妹を養うために次男は重労働に従事し、やがて密輸の集団に加わる。十二歳の少年が家長として家族のために生きていく姿は、僕の心を強く撃った。

「誰も知らない」ができるまで彼らは、自分たちが十二歳や十三歳で働かざるを得なくても、そのことに何の疑いを持っていない。妹や弟のために働くのは当然のことなのだ。家族のために働き、家族は結束して困難に立ち向かう。

友人たちは彼の部屋で自由に過ごすために自分を利用していたのだと気付いた「誰も知らない」の少年も、改めて弟妹の保護者としての自覚を持ち始める。そのことに誇りさえ感じ始める。母親がいなくても、できる限り普通の家庭のように過ごそうとする。

クリスマスイブには、値下がりするまでコンビニの前でじっと待ってケーキを買う。弟妹たちと祝う。正月には、母親から預かったと偽って残り少ない生活費から幼い弟や妹にお年玉を渡す。彼は弟や妹に母親を慕い続けてほしいのだ。そのために、お年玉袋の宛名を知り合いになったコンビニの店員に母親の字のように書いてもらう。

そのお年玉でキュッキュッと鳴る運動靴がほしいという下の妹のために靴を買い、手をつないで散歩に出る。目の前を走るモノレールを見ながら「いつか飛行機を見にいこう」と約束する。その妹が椅子から落ちて死んだ後、妹の遺骸をトランクに詰め一緒にその靴を入れる。

登校拒否の少女と共に妹を飛行機の見える海辺に葬った後、再び少年と妹と弟の日常が始まる。そこには少年と心を通わせた登校拒否の少女も加わっている。それはまるで、小さな父と母と幼いふたりの子供たちのように見える。彼らは生き抜くだろう。何かを学びながら過酷な人生を生きていくに違いない。逆境が彼らを育てている。

少なくとも、ラストシーンの子供たちの姿に僕は救いを感じた。やがて、この映画のモチーフになった事件の子供たちもすでに成人し立派に生きているに違いない、と想像した。「誰も知らない」の過酷な状況を生き抜く少年の姿が僕に希望を感じさせてくれたのだ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
珍しく一日禁酒した。定期検診で飲まされたバリウムが体内にあるうちにアルコールを摂取するとバリウムが固まると脅されたからだ。昨年は定期検診の夜にアルコールを摂取した。確かに翌日は辛かったです。

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photo
誰も知らない
是枝裕和 柳楽優弥 北浦愛
バンダイビジュアル 2005-03-11
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by G-Tools , 2006/10/27