
昨年暮れに「完全版・映画がなければ生きていけない」二巻本を出し、解説をおねがいした映像作家のかわなかのぶひろさんの紹介で日本冒険小説協会会長の内藤陳さんに献本したところ気にいってもらえたらしく、ハガキサイズの書店用POPに陳さんの推薦文が印刷されることになった。

お礼にいくとしたら新宿ゴールデン街の日本冒険小説協会公認酒場「深夜+1」にいくしかない。だとすればアレを持っていこう、と僕は思い付いた。三十年間保存してきた新聞広告である。僕は押入のファイルを取り出して、変色した新聞広告を開いた。そこにはギャビン・ライアルが自宅でインタビューを受ける写真と記事が載っている。

その言葉は「もっとも危険なゲーム」の最後の対決シーンに出てくる印象的な言葉だった。主人公ビル・ケアリは絶体絶命の危機に陥り、自らを鼓舞するように「体じゅう蜂の巣のように射たれていながら、歯だけの力で断崖が登れる男なのだ。昔、SIS時代は、鉄の男と言われたものだ…」と言い聞かせる。
僕は見出しを見、写真を見て、それがギャビン・ライアルなのだと知った。アラン・ドロンがギャビン・ライアルについて「私が彼の作品で好きなのは男同志の友情である。お互いに認めあいながらも別々の生き方を選ぶ男たち。そこに人生の真実が光を放つ」とコメントを寄せている。僕はその広告を切り抜き、以来三十年、保管してきたのである。
その三十年前の新聞広告を、陳さんは喜んでくれそうな気がした。僕は何枚かコピーをとり、自分用に二枚ほど保管して、残りをオリジナルと一緒に透明ファイル(A3サイズからはみ出したけれど)に挟み、大きめの袋に入れて、翌朝、いつものように家を出た。
その夜、陳さんが酒場に現れるという9時半前に酒場に入り、「○に十の字を書いたボトルありますか」と、正月明け早々、かわなかさんに連れられてきたときに入れておいたワイルドターキーを出してもらった。
客が僕だけになったとき、カウンターの中の青年に「なぜ、十の字なんですか」と聞かれ、「名前に十の字が入っているから」と答えると、「名前に十の字が入っているというと、十兵衛しか思い付きませんね」と青年は言った後、すぐにアッという表情になり「ソゴーさんですか」と続ける。
山田風太郎や五味康祐の小説を読んで、柳生十兵衛ファンになっている僕としては、「十兵衛しか思い付きませんね」と言われ笑いそうになっていたのだが、「ソゴーさんですか」と言われて少し驚いた。陳さんが本を勧めてくれていたらしい。青年は「会長は一気読みしたらしいですよ」と言う。
その夜、たまたま陳さんは店に顔を出さないことになり、僕は持参したギャビン・ライアルの新聞広告を青年に託し、日を改めて出直そうと思いながら引き上げた。翌週、今度は夜の十時過ぎに「深夜+1」にいくと、何と酒場のドアの外側にギャビン・ライアルの新聞広告のコピーが貼ってあったのだった。
●「深夜プラス1」の映画化はなぜないのか
カミさんに「内藤陳さんに気に入ってもらえたらしい」と話したとき、「冒険小説とはあまり関係ないじゃない」と言われたが、確かにそれはそうだと僕も思った。ただし、編集者の判断で本は2000年のコラムから始まっていて、「アル中はスペシャリストであらねばならない」という回が冒頭にきている。

陳さんの酒場「深夜+1」は、もちろんギャビン・ライアルの名作「深夜プラス1」へのオマージュである。酒場のボトルにはそれぞれコードネームを書くことになっているそうで、陳さんは自分のボトルには「フィリップ・マーロウ」と「ハーヴェイ・ロヴェル」と書いていると聞いた。

さて、「深夜プラス1」はフランスのブルターニュからリヒテンシュタインまで、ある金持ちをふたりの男が護衛する物語である。ひとりはイギリス人で元レジスタンス協力者のルイス・ケイン、もうひとりはアメリカ人で元シークレットサービスのハーヴェイ・ロヴェルだ。もちろん、途中、様々な障害がある。映画化したら面白いだろうと思うのだが、なぜか一度も映画化されていない。

「殺しの烙印」(1967年)は会社から渡されるシナリオばかりで映画を撮ってきた鈴木清順監督が初めて自分のスタッフと書いたオリジナルシナリオで作った映画である。脚本は具流八郎とクレジットされているが、八人が関わっていると言われている。メインライターは大和屋竺だろう。
鈴木清順監督が好きなように作ったせいか、その映画は当時の堀社長によって「訳がわからない」と言われ、日活を馘首される。その後、十年間、清順さんは映画が作れない。「悲愁物語」(1977年)を経て、「ツィゴイネルワイゼン」(1980年)で清順美学が満開の華を咲かすまでには、十三年の時間が必要だったのだ。
●「深夜プラス1」のディテールを再現する「殺しの烙印」

その話を引き受けた花田は春日と一緒に組織の男(玉川伊佐男)に会う。組織の男は、ある男を相模湾から長野のホテルまで護衛してほしいと言う。そのための車を品川で受け取れ、キーはバンパーの裏だ、一度は電話を入れること、と電話番号をコースターにメモする。一瞥して番号を暗記した花田はコースターを破って火を点ける。
車を受け取りにいった花田はバンパーを探すがキーがない。ドアノブを引くと開き、運転してきた男の射殺死体がある。傷を調べた春日が「心臓を一発。よほど腕のいい奴だ。ナンバー2のサクラか、ナンバー4のコウか…」と言う。花田が殺し屋ランキングのナンバー3であることが明かされる。
海辺で男(南原宏治)を拾ったふたりは車で長野までひた走る。尾いてくる車に気付き、花田と春日が臨戦態勢をとる。花田がモーゼル拳銃を取り出し、ガンケースを銃床として取り付ける。尾けてきた車をやり過ごすが、それは無関係な車だった。だが、春日は緊張に耐えられずウィスキーのポケット瓶を呷る。
──肝心なときに震えがきやがった。呑むより手はねえ。
──プロだと思っていたんだぜ。
車が狭い山中の道を走っているとき、前方に道を塞ぐようにして車が止まっている。花田はアクセルを踏み込み、衝突の瞬間にフロントガラス越しに二発の銃弾を撃ち込む。ドアを開けて飛び出し、モーゼルを抱いて崖上の襲撃者たちに向かって引き鉄を絞り続ける。
今は殺し屋ランキングを滑り落ちアル中になってしまった春日は、何の役にも立たない。銃弾に怯えるばかりだ。だが、花田に叱責され、「近くじゃないと当たらなくなった」とつぶやき、拳銃をかざして相手に向かって走っていく。「コウ、俺だ。春日だ」と叫びながら…
──これは「深夜プラス1」じゃないか!!
スクリーンを食い入るように見ながら僕は思った。「殺しの烙印」についての映画雑誌の記事はいくつか読んでいたが、そんなことはどこにも書いていなかったし、元々、映画にもクレジットされていない。だが、設定もストーリーも「深夜プラス1」を踏襲しているし、何よりディテールをそのまま使っている。
人物の設定は、ルイス・ケインとハーヴェイ・ロヴェルを花田ひとりに合わせたようなところもある。原作では襲ってきたナンバー2のガンマンがハーヴェイ・ロヴェルに呼びかけるのだが、それを春日のセリフにしていたりする。しかし、間違いなく「深夜プラス1」だった。
そのとき、僕の斜め前でじっと映画を見ていた男が大きな声で言った。
──何だ、この映画は。訳がわからん。
映画館では非常識なほどの大声だった。場内から笑い声が起こった。しばらくして、男は席を立った。暗かったからよくわからなかったが、当時の僕から見るとけっこう年輩に見えた。劇場を出ていく男の背中が怒っていた。スクリーンでは、土砂降りの雨に濡れながら真理アンヌが「私の夢は死ぬことよ」とつぶやいていた。
彼はきっと「深夜プラス1」を読んでいなかったのだ。「深夜プラス1」は、まだポケットミステリでしか読めなかった。1970年代初期の話である。グアム島で二十八年間もジャングルで生きてきた元日本軍軍曹が発見されたと世間は騒いでいた。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
急に寒くなって、深夜の駅前で凍えそうになった。奈良のお水取りが終わらなければ暖かくならないと、昔、祖母や母に言われたが、やっぱりそうなのだろうか。「暑さ寒さも彼岸まで」なんでしょうねぇ。もうすぐだ。
●第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店・ネット書店で発売中
出版社< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193
>

- 読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉
- 内藤 陳
- 集英社 1994-11

- 深夜プラス1
- ギャビン ライアル Gavin Lyall
- 講談社インターナショナル 2002-04
- おすすめ平均
とにかく極上の作品です。
プロフェッショナルプラス1
あっと いうまに 読み終わった
シトロエンゴースト並みの疾走感
ルビ訳でどうにか理解出来た

- ツィゴイネルワイゼン デラックス版
- 原田芳雄 内田百間 鈴木清順
- ジェネオン エンタテインメント 2007-03-21
- おすすめ平均
闇の中の極彩色
こんなに豊潤で刺激的な日本映画がかってあっただろうか。
鈴木監督の美的センスと好奇心が生んだ傑作

- 殺しの烙印
- サントラ
- ディウレコード 2007-02-23
- おすすめ平均
こんなサントラ待ってました。
- 曲名リスト
- 主題歌「殺しのブルース」作詩:具流八郎 作曲:楠井景久 歌:大和屋竺
- スコッチとハードボイルド米 pt1
- スコッチとハードボイルド米 pt2
- 死体バックシート
- ハナダ・バップ
- フレーム・オンpt1
- フレーム・オンpt2
- 男嫌いpt1
- 男嫌いpt2
- 米を研げ
- 悪魔の仕事
- 野獣同士(ルビ:けだものどうし
- 蝶の毒針pt1
- 蝶の毒針pt2
- ハナダの針pt1
- ハナダの針pt2
- サヨナラの外観
- ナポレオンのブランデー
- 「殺しのブルース(humming ver.)」
- 防波堤の撃合い
- 殺し屋のボサノバ
- 何かが起る
- 獣は獣のように
- ナンバーワンの叫び
- テープレコーダーは運命の轍
- エンディングテーマ「殺しのブルース」作詩:具流八郎 作曲:楠井景久 歌:大和屋竺
- タイトル~カラオケver.~(bonus track)
- エンディング~カラオケver.~(bonus track)
- タイトル~セリフなしver.~(bonus track)
by G-Tools , 2007/03/16