わが逃走[9]一目惚れ人生 スズキ・カタナの巻 その2
── 齋藤 浩 ──

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1/6 オートバイシリーズ 1100 刀みなさんコンニチハ。二週間のご無沙汰です。前回の続きってことでスズキ・カタナに翻弄される男の話・後半をお送りします。

さて、そもそもこのこの『わが逃走』は、齋藤浩がノーギャラなのをよいことに、好き勝手な文章を書くというコンセプトでスタートしています。ただでさえこのようなバックボーンがある中で、さらに今回のような狭く深いネタを提示することは本来してはいけないこと→読者受けしないものになる と思っていました(そもそも読者なんているのか、という話は置いといて)。

ところがどうしたものか、スズキ・カタナの巻は反応がとても良かったのです。メールをくださった方、BBSに書き込みしてくださった方、ありがとうございます。気を良くした私は、まだまだディープな思い入れネタで何本か書けるな。ふふふ。と思った次第にございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。


5◇さらに限定解除試験は続く

スラロームで失格となった初めての限定解除試験。その帰り道に私は馴染みのバイク屋のオヤジを訪ねました。今日の失敗に対する先人の言葉を聞きたかったからです。

「それは初速が速すぎたからだ。スタートしたら一旦減速してスラロームコースに入れ」とアドバイスしてくれました。なるほど。やはりナナハンのパワーは強力なので、いつも乗ってる中型バイクの感覚で加速するとスピードが出過ぎちゃうんですね。

二回目の限定解除試験は七月に受けました。このときは一本橋を落ちてしまい失格。スラロームをクリアできてただけに残念。ちなみにこの日の合格者は55人中一人でした。

そして、さらにその一か月後。三回目の試験に来た私は、そこでショッキングな噂を耳にしたのです。なんと、土曜の試験が今月いっぱいで廃止されるとのこと。平日に会社休んで試験を受けるなんて不可能です。ということは、今回落ちたらカタナは当分お預けってことになります。ただでさえ緊張する限定解除試験だっていうのに、よりによって今日が(厳密には違うけど)最後のチャンスってこと? こりゃなんとかせねば!

この日の受験者数はたしか60人、私の受験番号は17番だったと思ったなー。こうしていつも以上のプレッシャーと戦いつつ三回目の試験が始まった訳ですが、いよいよオレの番! になったらなぜだか妙にリラックスできてしまい、気がついたら完走していました。もう、ナナハンに乗ってるだけでシアワセといった心境で、試験がとても楽しかったのです。

そして合格発表。電光掲示板を見ると、今日は点灯している。試験官の声が響きます。「5番、17番、36番。以上。」なんと私の番号が呼ばれたではないですか。あれー、受かっちゃったよ。ぽかーんとしている私に、周りの好青年達が「おめでとう」「おめでとう」と次々に握手を求めてくれました。嬉しかったなあ。

その日は私を含めて合格者は三名。別室に呼ばれた我々は、試験官から「君たちは超難関を乗り越えて、ナナハンに乗る資格を得た。今後はライダーの模範となるような運転を心がけてください。」なんてことを言われた。程よい緊張と、清々しい達成感。私も他の二人とともに背筋を伸ばして「ハイッ」と答えました。

「ところでー」今まで厳しい表情だった試験官は笑顔で私達に聞いてきました。「バイク何買うの?」「CB1000です。」「V-MAXにしようと思ってます」続く私はもちろん「カタナです」と答え、その足でバイク屋に向かったのでした。

5◇購入

さて、バブルは崩壊したとはいえ中古市場は相変わらずのカタナ人気で、状態のいい逆輸入車の値段は100万円前後があたり前でした。しかし、念願の限定解除を果たしたいま、私にとって値段なんてもうどうでもよくなっていたのです。どうせ一生乗るんだし。

という訳で、バイク屋のオヤジにとにかく状態のいいものを探してもらい、9月22日、ついにカタナは私のものになったのです!! その日、上司を拝み倒して7時に退社してバイク屋に向かった私の目の前に、カタナがいた。

スズキ創立70周年記念で限定再生産された輸出仕様の90年式。走行5000km、車両価格が105万。頭金60万で、残りはローン。確かに高額でしたが、惚れた女を前にすればもはや金とか言ってられないのです。馬鹿というなら言え。

で、ちょっと押してみた。重い。重すぎる。乾燥重量で232kgなので、オイル入れてガソリン入れてるからいったい何キロなんだ? こりゃーたぶん倒したら起こすのは一苦労だな。

乗ってみた。でかい。でかすぎる。中型とは比較にならないほどでかい。目の前のタンクがすげえ長く、広い。そしてハンドルはるか彼方に。さらに足下には巨岩のようなエンジン。

ハンドルを握ってみた。遠く、そして低い。なのでタンクにぴったりと伏せるような姿勢になる。

そしてエンジンスタート。ドロゴロゴロ……という超重低音。で、発進してみた。すごい加速。スロットルをほんの少し開けただけで、次の信号まで瞬間移動する。メーターを見ると80km/h。慌てて減速。すげえ。こりゃ、お国も免許取らせたくない訳だ。妙に納得してしまう。

ブレーキを握ってビビる。効かねえ。カツン! と効くイマドキのブレーキに慣れていた私は、基本設計十数年前のじわーっと効くこのブレーキに不安を抱く。明らかにエンジンのパワーに対して、なんというか、その、ヤワなのです。そして交差点を左折。しようとしたのだが、うわっ曲がらねえ。大きく膨らんだ弧を描いてかろうじて通過できた。

曲がりたい方向を見ただけでスッと曲がる、イマドキのバイクとは比較にならない。ハンドルの切れ角が少なく、フロントタイヤの直径がでかいのでこうなることは頭では理解していたのだが、ここまでタイヘンだとは。

そして、なんとか家に着き、エンジンを切りました。そのツンツンした無理目の女は、さも「あんたがアタシに乗ろうなんて10年早いのよ!」とでも言わんばかりに、夜の灯を反射させながらたたずんでいました。気高く、美しいその銀色のボディを近くから、遠くから、いろんな角度で見つめ続けた私は、まだまだ不釣り合いな男だったと言えましょう。

6◇ジャジャ馬馴らし

ジャジャ馬とは古くさい表現かもしれませんが、私にとってカタナはまさにそんなバイクでした。いや、過去形じゃないな。そんなバイクです。話とは無関係ですが、そういったタイプの女性も嫌いではありません。

いかにして乗りこなすか。これがカタナ購入後の私の課題でした。そう、この時点での私の乗り方とは、言うなれば、走る馬にしがみついているだけ。即ち、手綱を使って操っているとはとても言いがたい状態だったのです。

さて、カタナ納車の翌日の秋分の日、私は中学時代の友人・だんちょ(仮名。現在は某世界的企業所属のプロダクトデザイナー)と共に房総半島ツーリングに出かけました。だんちょはがっしりした体格の物静かな男で、一人でピザ食べ放題に行ける程の勇気と自立心を持った男です。バイクの一人旅に慣れている彼は、適度な峠や直線コースが絶妙のバランスで組み込まれたツーリングコースをすいすいと案内してくれました。余談ですが、先日三年ぶりにだんちょと会いました。二児の父となっていましたが、ぜんぜん変わってなくて面白かったです。

で、峠だ。最初のうちはおっかなびっくりでくねくね道を上っていたのですが、ものは試しと尻をイン側にはみ出させてみたら、おお! キレイに曲がれる!!そうか! と気づいた私は思い切ってハングオンしてみたら、おお! すごくキレイに曲がれる!! わはは、面白い!!

どうやら私は、ハンドルを曲げなきゃという意識が強かったようでした。カタナに乗れる興奮と緊張で、基本である“体で曲がる”ということを忘れていたのです。

こうしてこの日は鴨川シーワールドを外から眺め、渋滞に巻き込まれながらも金谷港からフェリーで久里浜へ渡り、結局S玉県に戻ったのは午前2時でした。一体何キロ走ったのだろう。家に着いたらもう、ぐっっったりして風呂に入って布団へ直行。ぐっっっすりと眠りましたとさ。翌日はもちろんひどい筋肉痛。でも、表情は自然とにやけてくる。齋藤浩の若き日の思い出であります。

その後、ずいぶん走りました。日帰り軽井沢は特に私のお気に入りコースで、群馬県の横川駅で『峠の釜めし』を買って碓氷峠を上り、湯川のほとり、長倉公園でそれを食べるのが好きでした。秋は特に美しく、ベンチに寝転んで見上げると視界が見事に紅葉でうめつくされ、翌週来てみると、こんどは落葉して地面が真っ赤でびっくりしたことを思い出します。ちょうど今頃の季節でしょうか。寒かったけど、楽しかったなあ。紅葉とカタナとのコントラストは、悪魔的とも言えるほど美しいものでした。

7◇付き合うなら、自分を高めてくれるひと

ところで。俺は球技が嫌いだ。なぜなら、負けると俺のせいになるから。でも、水泳とかマラソン等の自己克服型スポーツは割と好きだ。少しずつタイムが上がっていく、あの感覚がたまらんからです。

カタナは私にとって自己克服型バイクでした。コーナーをきれいに曲がるためのフォーム。止まりたいところに自然に止まるための体重移動法。長距離ツーリング時の疲れにくいライディングポジションなど、乗れば乗る程新しい発見があります。その度に、無理目の女だったカタナが、少しずつ私を認めてくれる気がするのです。そして、その度にカタナはますます魅力的になっていくのでした。

なんて書いてたら乗りたくなってきました。最初にも申しましたが、このところ多忙を理由にまったく乗ってないのです。そんなことでは、せっかく振り向いてくれた無理目の女も、またプイッとどこかに行ってしまうかもしれません。反省。とりあえず明日、エンジンをかけてみよう。

はい。無理目の女に惚れた話、楽しんでいただけたでしょうか。先日、同世代のカメラマンが「ある特定のバイクに乗ってる人をさす名詞なんて、なかなかないよ」と言っとりました。そういえばバイク好きの中では『カタナ乗り』という言葉があるんですね。「あいつ、カタナ乗りらしいぜ」とか言われたらカッコいいなー。うひー。などと言ってるうちはまだまだですね。私もそう言われるように精進せねば。その前にバッテリーの充電か?

[さいとう・ひろし]saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/
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スズキGSX‐Sカタナ マスターブック
スタジオタッククリエイティブ 2003-05

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by G-Tools , 2007/10/25