映画と夜と音楽と…[367]センセイと呼ばれるほどの…
── 十河 進 ──

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●数え切れないほどの教師の物語があった

過去、数え切れないほどの教師の物語があった。小説でも映画でもテレビドラマでも、教師を主人公にした様々な物語が生産され消費されてきた。最近、小説や映画では少し廃れた気がするが、テレビドラマでは相変わらずの人気のようだ。「金八先生」シリーズはずっと続いているし、何年かに一度の割合で熱血教師ものが話題になる。

しかし、現実の教師を思い出すとき、僕たちは何とドラマと違うことかと落胆する。学生時代、教師は大きな影響力を持つ存在だった。しかし、学校を出てしまうと教師について考えることはなくなる。やがて、結婚し子供が生まれ学校に通い始めると、今度は厳しい目で教師を見ている自分に気付く。

夜回り先生・水谷修のメッセージ ~いいもんだよ、生きるって~「夜回り先生」だの「ヤンキー先生」といった現実にいる型破りな教師が話題になると、それはそれで何となくフィルターのかかった目で見てしまう。信頼できる教師の何と少ないことか、などと親のエゴを丸出しにして嘆く。それでいて、子供のしつけまで学校のせいにする。


僕も、あまり大きなクチはきけない。教育熱心ではなかったし、放任主義に近かった。実は、しつけもきちんとしたと断言はできない。だが、結局、家庭環境がしつけになるのだと思う。口で言っても子供には伝わらない。親の背中を見て子供は育つというけれど、それは真実だと思う。親の日常の言動を子どもたちは敏感に見ている。

ただ、僕は父の日前後に行われる「父親参観日」には、欠かさず出席した。そんなときに他の父母の発言を聞いて唖然としたこともある。最近、教師を悩ませる親の話がテレビでもよく取り上げられるが、そんなことは昔からあったことだ。我が子のことしか考えない親は、いつの時代にもいた。

あれは息子が小学四年生の頃のことだと思う。僕は父親参観日の後の教師との懇談会に参加した。十人足らずの父母が残っただけだった。結局、僕は何も発言せず聞いていただけだったが、驚きの発言がいくつかあった。ほとんど、それはひとりの若いきれいなお母さんの発言だったのだが…。

「学校が下校の時間を知らせるチャイムを五時半に鳴らし『下校の時間です』というアナウンスをしているが、我が家では門限を五時にしているので、下校のアナウンスを五時に鳴らしてほしい」と、まず彼女は言った。教師が穏やかに「無理です」と答えると、彼女は「なぜですか」といきり立った。

「あなたのお子さんにだけ向けているものではないので…」と教師が答えても、彼女はまったく納得できなかったようだった。それからも、「先日、自宅のドアに子供が指を挟んだ。学校でも危険なのでドアの合わせ目にすべてゴムを張ってほしい」といった注文を次々に出してきた。

そんな話を聞きながら、教師という仕事も大変だなと思ったものだ。特に使命感も明確な目的もなく教師になった人は大変だろう。僕らの頃には「でも・しか教師」という言葉があった。「教師でも」「教師しか」という意味だ。大学時代にも「とりあえず教職課程をとっておくか」という連中はけっこういた。

●「センセー!」と呼びかける声で湧き起こった激情

喪主の母親が挨拶をし、主人公(テリー伊藤)と妻(薬師丸ひろ子)と子がガンで死んでいった父(加藤武)の出棺を見送る。そのとき、参列者の中から「センセー!」と男の太い声が飛ぶ。その瞬間、淡々とその映画を見ていた僕の中に、突然、エモーショナルな激情が湧き起こった。涙が吹き出すように流れた。

映画を見ていて泣いたことは何度もある。しかし、泣かせよう泣かせようとする「あざとい映画」が嫌いなへそまがりの僕は、いわゆる「泣かせ映画」では絶対に泣かない。そんな僕が、こんな風に突然の激情に襲われたのは初めてだった。自分でも訳がわからない気持ちだった。

父親は中学の教師として勤め上げたが、主人公には父親の教え子が自宅を訊ねてきた記憶も年賀状がきた記憶もない。父親は厳しい教師だったと評判で、同窓会に呼ばれることもなかった。ガンで入院しているときにも「おじいちゃんとこ、誰も見舞いにこないね」と主人公の息子が言うほど誰もこない。

そんな父親が自宅で最期を迎え、その葬儀の日、大勢の参列者がやってくる。感極まって「センセー!」と叫んだのは教え子に違いない。それに続いて何人かが「センセー!」と声を挙げる。誰かが「仰げば尊し」を歌い始める。やがて、それが参列者に広がり合唱になっていく。その中を棺が静かに運ばれる。

市川準の映画は好きだった。その静かさが、感情を押しつけない映像が、切り取られた風景の中に潜む悲しみが、僕は好きだった。市川準監督作品は、引いた映像ばかりの印象がある。何かを押しつけてくる映像ではないからそう思うのだろう。しかし、もっとはっきり見せてほしい、説明してほしい、と思う人がいるかもしれない。そういう意味では市川準監督作品は不親切だ。

あおげば尊しだから、「あおげば尊し」(2005年)のラストシーンで突然の激情が込み上げてきたとき、僕は戸惑った。市川作品なのに、こんなにわかりやすいハッピーエンドでいいのか。だが、すぐに理解した。こう終わるしかないのだ。教師だった人間は一生教師、と劇中で語られるが、主人公の父親は教師として死んだ。その棺に「センセー!」と声が飛ぶ。それくらいの報いは当然じゃないのか。

──ガキのうちはいいんだ、どんなに怨まれたって。彼らが大人になったときに俺の教えがわかってくれれば、それでいい…、それがオヤジの口癖だった。

頑固で厳しい父親を見て育ち、自分も小学校の教師になった主人公は、「未完成な人間に『いい先生』と言われたって仕方ないじゃないですか」と職員会議で言い切った同僚の女教師にそう話す。「どんなに怨まれたっていいって、凄いですね」と言う同僚の女教師に、主人公は「きみだって同じようなことを言ったんだよ」と笑う。

その会話があったから、僕はラストシーンで突然の激情に襲われ、涙を流した。そして、自宅で死を迎え、最後まで教師として生きた父親を演じたのが加藤武だったことも、涙が流れた大きな要素になっていた。そのとき、僕は四十三年前に加藤武が演じた中学教師を甦らせていたのだ。

●何でも困ったことがあったら先生に言うんだぜ

キューポラのある街加藤武は、笑った顔さえ怖い役者だ。石坂浩二の金田一耕助シリーズで「よーし、わかった。あいつが犯人だ」と、すぐに早とちりする警部を演じて人気があったように喜劇的演技もうまい人だが、容貌はほとんど鬼瓦と形容したいほどである。その加藤武が中学教師を演じたのが「キューポラのある街」(1962年)だった。

加藤武は生徒たちから「スーパーマン」と呼ばれる怖い教師である。主人公のジュン(吉永小百合)は、貧しい両親に高校進学が言い出せない。職員室にやってきたジュンの様子を見て、スーパーマンは「何でも困ったことがあったら先生に言うんだぜ」と言う。その何でもないセリフがひどく印象的で、僕はずっと憶えていた。

「キューポラのある街」が公開されたとき、僕は小学五年生だった。劇中のジュンの弟タカユキと同じくらいだった。だから、職員室のたたずまいもひどく懐かしい。街の風情も当時を甦らせてくれる。若き加藤武が演じた中学教師も「いたよなあ」というくらいはまり役だった。

1929年生まれの加藤武は「キューポラのある街」のときは三十三歳、「あおげば尊し」では七十六歳になっている。僕は「あおげば尊し」の死にゆく老教師が「キューポラのある街」のスーパーマンとあだ名で生徒たちに親しまれた教師に思えた。ベッドに寝たきりで、ろくに喋れず死にゆくだけの老人の姿を見ながら、僕は鮮明に「キューポラのある街」の教師を甦らせたのだ。

「あおげば尊し」の老教師は人生の最期に、息子の教え子に身をもって「死とは何か」を教える。その生徒は幼い頃に父親が死んだのだが、そのため「死」に興味を持ち、インターネットで死体の写真を見たり、葬儀場に紛れ込んで死体を覗いたりする。主人公はそんな問題児をうまく指導できず、悩んだ挙げ句、死にゆく父親の看護を手伝わせる。

生徒は「人間の死」に対して好奇心しかない。死にゆく老教師の写真を撮り、サイトに掲載しようとさえする。だが、息子の教え子のために老教師は自分の死を教材にするのだ。臨終が迫ったとき、老教師の手を生徒が握るシーンは、人が人に「教えること」の意味を深く深く考えさせる。

そう、「あおげば尊し」という映画は、実に今日的で深いテーマを内包している。「死」の意味を教えることは、生きる意味を教えることでもある。人は生まれたときから「死」を抱え込む。誰もが死に向かって生きている。いつくるかわからない「自分の死」に向かって、人は生きていかなければならない。そのときまで、どう生きるか、いかに生きるか、と人は悩む。

明日は死んでいるかもしれない、それなのに学ばなければならないのか…と問われたとき、「人は死を迎えるまで、しっかりと生きなければならない」という言葉は説得力を持つのだろうか。「死」の意味を教える。「死」を迎えるのは確実なのに、なぜ懸命に生きるのか、という意味を教える。何とむずかしいことか。

しかし、老教師の死によって、「死」への好奇心しかなかった生徒の心に死ぬことの尊厳のようなものが伝わる。それは、死ぬまで教師であり続けた、教師として生きた老人の姿が彼に何かを教えたに違いない。「いかに生きるか」と同じように「いかに死ぬか」は大切なのだと僕は思う。

だから「すべての人は教師である」と僕はこの映画を見て納得した。それは「反面教師もまた教師」といったシニカルな諦念でもなく、「我以外みな師」などという儒教的かつ優等生的な悟りとも違うものだ。僕自身が誰かの教師であるかもしれず、誰かから学ぶことは死ぬまで終わらない…、そんな感慨だろうか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
今週は花粉症がひどく精神的にも落ち込んでいたので、「原稿は休ませてもらおう」と思ったのですが、マックの前に座ると書けてしまいました。連載も九年近くになり、週末の習慣みたいになっているのかもしれません。書くのに三時間ほど、ひと晩かふた晩寝かして手直し。そんなペースです。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1
>

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) 【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み)



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あおげば尊し
テリー伊藤 薬師丸ひろ子 麻生美代子
東宝 2006-06-23
おすすめ平均 star
star死と向き合う
star最後の授業
starたくさんの人に見て欲しい
star素直に感動しました
starすごくいい映画です。やっぱり、学校の先生に見て欲しいかな。

星紀行 Heart’s Delivery ウメ子 カーテンコール レイクサイド マーダーケース

by G-Tools , 2008/03/14