映画と夜と音楽と…[391]だまされる喜びと心地よさ
── 十河 進 ──

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●最後の「どんでん返し」だけに賭けたような映画がある

少し前のことだが、昔なじみのデザイナーのKさんから電話がかかってきた。Kさんは、芝居のポスターやパンフレットの仕事を昔からレギュラーでやっていて、今回は、ロベール・トマの推理劇「罠」を担当したという。そのパンフレットに「どんでん返しで有名な映画を紹介してほしいという原稿依頼が、担当者からいくかも…」という話だった。

8人の女たち (BOOK PLUS)ロベール・トマの名を知らなかったので調べてみたら、「8人の女たち」(2002年)の原作者だった。雪に閉ざされた邸宅で主人がナイフで背中を刺されて殺されるという古典的設定の中、女主人や愛人や娘や召使いなど8人の女たちが登場して「犯人は誰だ!」が展開される映画だった。確か、ミュージカル風にしていたんじゃなかったかな。

僕は、エマニュエル・ベアールが出ていたからWOWOWで放映されたときに何となく見ていただけなので、実はよく憶えていない。エマニュエル・ベアールはメイド服に身を包み、少しオーバーな演技をさせられていた記憶がある。今時、孤絶した大邸宅を舞台にした犯人捜しドラマという大時代な設定は、ストレートに映画化したら戯画にしかならないだろう。



名探偵登場アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」は何度か映画化されているが、あれを、現在、そのまま映画化しても噴飯ものになる気がする。だから「名探偵登場」(1976年)みたいに本格派推理小説のパロディの形にしてしまうのではあるまいか。閉ざされた空間での不可能犯罪(密室殺人が多い)は、今や「金田一少年の事件簿」「名探偵コナン」といったマンガ(アニメ)でしかリアリティを持たないのかもしれない。

金田一少年の事件簿黒魔術殺人事件 (少年マガジンコミックス)そう言えば、一時期「金田一少年の事件簿」にはまり、集中的に単行本を読んだ。僕の最近のマンガの読み方は、単行本集中読破型になっていて、「あずみ」「モンスター」「はじめの一歩」なども一日3巻くらいのペースで読んだ。「金田一少年の事件簿」を読んだのはけっこう前のことになったけれど、どのエピソードも面白かった。

しかし、ミステリ・ジャンルは、あるパターンが確立している。本格推理ものならトリックが命だが、「金田一少年の事件簿」でも端的なように、外界から孤絶した環境、曰くありそうな登場人物たちとたまたま一緒になった名探偵、そこで起こる連続殺人事件といったパターンである。ハードボイルドでは、探偵が失踪人の捜索依頼を受けるパターンが王道である。

ただし、どんな場合もミステリでは結末に「どんでん返し」が必要だ。アガサ・クリスティやエラリィ・クィーンの作品ではアッと驚くトリックの解明がある。ハードボイルドの雄、ロス・マクドナルドの作品では複雑な人間関係が明らかにされ、意外な動機が明かされる。

ミステリを読む愉しみは、この結末の意外性にあると言い切ってもいいくらいだ。だから、あっさり終わると、肩すかしを食った気になる。「期待はずれ」という評価になる。映画では、この最後の「どんでん返し」だけに賭けたような作品がいくつかある。

●途中入場を禁止したアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」

Kさんから電話があった後、僕はこんなメールを送った。「どんでん返しで有名なのは、舞台劇が多いですね。アガサ・クリスティの『検察側の証人』。ロンドンでロングランしている舞台は同じクリスティの『ねずみとり』だったかな。アイラ・レビンの『デストラップ』も『探偵/スルース』も舞台劇のはずです」

メールには思い付くままに書いたのだが、どの舞台も最後のどんでん返しが確かに凄い。だまされた快感と驚きに身をゆだねることになる。「えーっ、そうだったのか」と叫び声を挙げる人もいるだろう。僕はすべて映画化作品で見たが、最初に見たときは本当に驚いた。「うまい!」と拍手した。

情婦「検察側の証人」は名監督ビリー・ワイルダーが映画化し「情婦」(1958年)のタイトルで公開された。女たらしの男が殺人容疑でつかまり、老弁護士が事件を担当する。しかし、なぜか男の妻は検察側の証人として裁判に現れ、夫に不利な証言をする。有罪になりそうな状況になったとき、ある手紙が届き弁護士は男の無実を証明するのだが…、という物語だ。

スルース 【探偵】「情婦」はマレーネ・ディートリッヒが妻を演じている…と書くこと自体、どんでん返しのネタをバラすことになりかねない。同じように「探偵/スルース」(1972年)はローレンス・オリビエとマイケル・ケインのふたりだけのスリラー劇と紹介されるが、そのことで肝になるトリックをバラしてしまっている。という具合に「どんでん返し命」の映画は、紹介が難しい。

悪魔のような女僕は、最初に途中入場を禁止し「この映画の結末は絶対に話さないでください」という広告を打ったのはアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」(1960年)だと思っていたのだが、アンリ・ジョルジョ・クルーゾー監督作品「悪魔のような女」(1955年)の公開時、本編の最後に「この映画のラストをくれぐれもお友達には話さないでください」というタイトルが出たという。

デストラップ 死の罠「サイコ」も「悪魔のような女」も初めて見た人は、間違いなく最後でびっくりするだろう。しかし、これだけ有名になってしまうと、事前に情報が入ってしまった人が多いかもしれない。ちなみに「悪魔のような女」は夫の愛人と妻が共謀して横暴な夫を殺す話だが、アイラ・レビンの「デストラップ/死の罠」(1972年)は同じトリックを使った逆パターンである。レビン23歳の処女作「死の接吻」のようなオリジナリティは感じられない。

さて、ロベール・トマの「罠」は、新婚旅行でホテルにやってきた夫婦がケンカをして妻が出ていき、夫が警察に捜索を依頼すると、数日後、神父が妻を連れてくるが、その妻は全くの別人だったというストーリー。しかし、警部やホテルのボーイや周囲の人々など、夫以外はみんなその女を彼の妻だという。一体なぜだ〜、と観客は夫と共に迷宮に迷い込む。

「罠」のキャストは、夫が川崎麻世、妻を池畑慎之介が演じている。警部役は上條恒彦だったかな。サンシャイン劇場での東京公演はこの号が出る頃には終わっているが、たぶん地方公演があるのだろう。残念ながらパンフレットに僕の原稿は載っていない。Kさんからは「掲載スペースがなくなっちゃって」と丁寧な詫びの電話が入った。

●ヒロインの驚愕の告白に向けてすべてが仕掛けられた映画

トマの「罠」のストーリーを聞いて思い出した映画がある。その映画を僕は見ていないのだが、和田誠さんの本でイラストと簡単な紹介を読んで見た気になっている。和田さんは、その本(たぶん「お楽しみはこれからだ」)で「どんでん返し」を明かしていて、それを読んだだけで僕は愉しめた。最後のヒロインの驚愕の告白に向けて、すべてが仕掛けられている映画である。

その映画は「生きていた男」(1958年)という。金持ちのヒロインがいる。その屋敷に見知らぬ男が我が家のように住み着き、「きみの兄じゃないか」と言う。兄は一年前に事故で死んだはずだ。ヒロインは警察を呼ぶが、署長が調べると男の持っている書類はすべてヒロインの兄であることを証明している。召使いや叔父までが、彼を兄だという。

トマの「罠」に設定は似ているが、こちらの方が少し早いらしい。ヒロインの一人称的な視点で描いているようだから、観客はどんどんヒロインに感情移入し、何か陰謀が巡らされていると感じて疑心暗鬼に陥るのだろう。そして、心理的に追い詰められたヒロインは、最後に予想外のセリフを言い放つのだ。

しかし、こういう手は一回しか使えない。もっとも、僕はこういうアイデアをひたすら考えている人は好きだなあ。そうはいっても、なかなか新手はない。そこで、どうしても先行する名作を踏襲することになる。最近見たのでは「オーシャンズ13」(2007年)がそうだった。

オーシャンと11人の仲間 特別版「オーシャンと十一人の仲間」(1960年)をリメイクした「オーシャンズ11」から始まったシリーズだから、元々、先行する名作を下敷きにしているのだが、才人スティーブン・ソダーバーグ監督はどれも楽しい映画に仕上げている。しかし、「オーシャンズ13」は僕には「スティング」(1973年)のリメイクのような気がした。

物語の基本構造が「スティング」と同じで、「おいおい、FBIに目をつけられたぞ。大丈夫か」と観客がオーシャンたちに知らせたくなる部分は、そっくりそのまま「スティング」と同じ手を使っている。もっとも、僕は「オーシャンズ13」ですっかりだまされた後に「スティング」と同じだと思ったのだから、充分に愉しんだのではあるけれど…。

「スティング」は、まさに観客を欺く映画である。ある悪党を詐欺師仲間が大がかりな仕掛けでだまして金を巻き上げる話だが、だまされる悪党(ロバート・ショー)と一緒に観客も見事にひっかけられる。これは、ミステリ映画のどんでん返しとは違って、意外性に驚くというより「ひっかけられたカタルシス」のようなものが味わえるし、後味がいい。このジャンルのもの(コンゲームもの)は楽しい映画が多い。

その中でも忘れられないのが、「テキサスの五人の仲間」(1966年)だ。テキサスの富豪たち五人が集まって行う年に一度のポーカー。そこへ子供を連れた旅の夫婦が紛れ込み、掛け金の高いポーカー勝負を展開する。しかし、夫は負け続け、とうとう倒れてしまう。しかし、ここで負けたら全財産をなくしてしまうと、悲壮な覚悟でポーカーのことを何も知らない妻(ジョアン・ウッドワードの名演です)が跡を継ぐ。

その妻にもの凄い手がきたらしい。しかし、掛け金がない。妻は、そのポーカーの手を担保に銀行から金を借りようとする。そのカードを見た銀行家は大きくうなずいて、「この手ならいくらでも貸しますよ」と太鼓判を押す。カードを伏せたまま、掛け金はどんどんつり上がっていく。さて、どんなどんでん返しが…。

映画で見ている分には、うまくだまされれば快感があり、予想外の結末だと心地よささえ感じるが、実際にだまされたときはそうはいかないだろうなあ。僕は今まで人をだましたことはないと断言したいところだが、結果としてだましたことになる場合はあったと思う。誰かを傷つけても自覚がないのと同じで、誰かをだます結果になったとしても人は気付かない。

しかし、人から傷つけられたことはずっと忘れないように、だまされたことや裏切られた傷は、過剰なほど敏感に記憶に残っている。「えーっ、そんなあ」と大声をあげたことが、些細なことを含めれば僕にも数え切れないほどある。実生活でも「うまくだましやがったなあ」と笑っていられるほどの人間になりたいものだが、なかなかそこまでは悟れない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
もう10月です。急に涼しくなってネクタイを締め、ジャケットを着るようになりました。3ヶ月くらいネクタイなしだったので最初は首が苦しいのだが、直ぐに馴れました。元々、スーツ姿は嫌いではない。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) 外国映画ぼくのベストテン50年―オール写真付きで名作500本がぎっしり どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役 福本清三 (集英社文庫) アメリカ映画風雲録

by G-Tools , 2008/10/03