映画と夜と音楽と…[407]抜けた歯と縁の下について
── 十河 進 ──

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●奥歯が抜けた夏に少女は大人の世界を知った

サイドカーに犬 [DVD]根岸吉太郎監督の「サイドカーに犬」(2007年)を見ていたら、主人公の女の子の奥歯が抜けるシーンがあった。そのことが子供時代の終焉を象徴するかのように描かれていた。「サイドカーに犬」は成長したヒロインが10歳の夏休みを回想する物語なのだが、乳歯の奥歯が抜けた夏、少女は大人の世界を知ったのだ。

母親が出ていった夏休み、父親の愛人らしき若い女ヨーコ(竹内結子)が食事を作りに通ってくる。スポーツサイクルを颯爽と乗りこなしてやってくる、その美しい女を10歳の主人公は好きになる。近所にあるという山口百恵の新築の家を一緒に見にいき、彼女の奔放さに魅せられる。

ひと夏を彼女と過ごし、夏休みも終わろうとする頃、一緒に海にいき、知り合ったアイスクリーム売りの男の家に宿泊する。その旅行にいく前に「歯がぐらぐらする」と言っていたが、海からの帰りに気付くと歯が抜けている。そして自宅に帰ると、家出していた母親が帰ってくる。大人の女同士の闘い…、少女は何かを学ぶ。

「サイドカーに犬」はなかなかよい映画だったけれど、僕が気になったのは、実は別のことだった。抜けた歯はどこへいったのか、ということである。確かに、子供の頃、ぐらぐらしていた歯が知らないうちに抜けてしまった経験は僕にもあるが、その時、僕は抜けた歯を飲み込んでしまったのではないかと心配したものだ。



歯を飲み込んでも大したことはない、と思うのは大人の発想であって、子供の頃、僕は本当に心配した。だから、「サイドカーに犬」の女の子の歯がどこへいったのか、僕は気になって仕方がなかった。それと、もうひとつ、抜けた歯は屋根の上か縁の下に投げ込まなきゃいけないのじゃないか、などとも考えた。

そんなことは、すっかり忘れていた。下の歯が抜けたら屋根の上に放りあげ、上の歯が抜けたら縁の下に投げ入れる。子供の頃にそう教えられ、歯が抜けるたびに僕は律儀にそのようにしていた。そのことを教えてくれたのは、誰だったろう。しかし、何のためにあんなことをしていたのだろうか。

人間は6歳頃から永久歯が生え始め、13歳くらいで生えそろうらしい。まず乳歯が抜け、その後に永久歯が生えてくるのだが、そんなに長い時間をかけて生え替わるのだったかなあ、と記憶を探ってみたが、ほとんど憶えていない。中学生になって、欠けていた前歯2本を差し歯に変えたことだけを思い出した。

小学生の頃、僕は生えたばかりの永久歯の前歯を2本とも折ってしまい、欠けた部分だけに金属を継ぎ足していた。永久歯が生えそろったら、歯の根のところだけを残し差し歯にする予定だったが、僕は小学校5年から中学1年生にかけての3年間、継ぎ足した前歯で過ごしていたのだ。

その当時の写真はモノクロで残っているのだけれど、笑っている僕の前歯は下半分が黒く写っている。みっともない。その当時も、恥ずかしい思いをした。なるべく前歯を見せないようにしていたが、なかなかそうもいかなかった。その後、何度か差し歯を代えるたびに高い治療費がかかっている。

●縁の下に投げ込まれた歯はどうなったのか

今の子供たちは抜けた乳歯をどうしているのだろうか。我が家もそうだが、高層マンションでは屋根もないし縁の下もない。一軒家には屋根はあるけれど、最近は縁の下はなさそうだ。昔は縁側の下から、そのまま縁の下に潜り込めたりしたものだったけれど…。そこには子供を産んでいる猫や犬がいたり、ボールが転がり込んでいたり、大きな蜘蛛が巣を張っていたりした。

柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
    縁の下では蜘蛛の巣が
    心細さうに揺れてゐる

山羊の歌―中原中也詩集 (角川文庫―角川文庫クラシックス)縁の下を風が吹き抜け、蜘蛛の巣を揺らしたのは、中原中也の「帰郷」という詩である。こんな風にうたわれると、縁の下も何だかロマンチックな気がするが、僕の記憶では縁の下はジメジメと湿気があり、蜘蛛の巣や得体の知れない昆虫やトカゲなどの爬虫類がいる気がした。田舎の家で縁の下から蛇が鎌首をあげ、腰を抜かしそうになったこともある。だから、縁の下へ投げ込んだ自分の歯を僕は心配したものだ。

昔の時代劇には、縁の下がよく登場した。悪代官と豪商が悪巧みをしている座敷の縁の下で、それを盗み聞きしている男がいる。悪代官が気付き、鴨居の長押から槍をとる。鞘を払い、やにわに槍を畳に突き刺す。その時、なぜか「曲者!」と叫ぶ。同時に「曲者じゃ、出会え」とふすまを開けると、侍たちが駆けつける。

けんかえれじい [DVD]縁の下というより「高床式」のように、地面から床を高く上げているのは神社やお寺の建物だ。そんな建物の床下が記憶に残っているのが「けんかえれじい」(1966年)だ。主人公であるキロクは数人の仲間と一緒に、会津白虎隊と名乗る別の中学の生徒たちと大げんかをする。しかし、多勢に無勢。キロクたちは捕虜になり縛られてしまう。

しかし、そこから脱出し、キロクたちは反撃に出る。相手は寺のお堂で祝杯を挙げている。キロクたちは縁の下にもぐり込み、いきなり床下から攻撃するのだ。下からの奇襲を予想していなかった会津白虎隊の連中は、数人のキロクたちにやられてしまうのである。

スタンド・バイ・ミー コレクターズ・エディション [DVD]アメリカ映画で縁の下が出てきたのが、「スタンド・バイ・ミー」(1986年)だった。少年たちのひとりは、縁の下に埋めて隠した宝物の場所がわからなくなり、あちこちを掘っていたのだが、その時、「行方不明になっている少年の死体を見付けた」と兄が仲間と話しているのを盗み聞く。その話を聞いた仲間たちは、少年の死体を探す冒険の旅に出るのだ。

縁の下は、やはり盗み聞きをする場所なのだ、アメリカでも変わらないのだなあ、と「スタンド・バイ・ミー」を見たときに、妙に感心した記憶がある。

●歯の神経が剥き出しになり空気に触れた不快感

僕の前歯は、10歳になる前から永久歯に生え替わっていた。その1本の歯が欠けたのは、確か小学校の4年か5年のことである。10歳か11歳だった。前歯が生えて数年しか経っていなかった。

ある日の放課後、教室の掃除が終わり、ゴミ箱を持ってゴミ捨て場にいく途中、僕は何かにつまずいて転んだ。運悪くゴミ箱(石油缶のような金属の四角い箱だった)の角に顔をぶつけた。いや、顔というより唇をぶつけた。もしかしたら、ぶつかる瞬間に口が開いたのかもしれない。アッと思った時には、前歯が欠けていた。

そのときほど空気の冷たさを感じたことはない。むき出しになった歯の神経が空気にさらされ、スースーすると同時に神経を直撃し、脳天に突き抜けるような痛みと不快感に襲われた。イヤな感じだった。「神経にさわる」という言葉があるけれど、こればかりは耐えられない。

歯医者では細い針状のものを剥き出しになった神経に差し込まれ、クルクルとまるでスパゲティを巻くように抜き取られた。その後、銀色の金属で作られたもので欠けた部分を埋められた。白い前歯に銀色(鉛色に近かったけど)の三角の継ぎ足しが目立った。「すべて永久歯になってから差し歯にしましょう」と医者は言った。

その隣の前歯が欠けたのは、砂利置き場で友だちと遊んでいるときだった。Fくんという級友とは仲がよかったのだが、そのとき、何かの言葉をきっかけにしてケンカになった。何が原因だったのかは憶えていない。Fくんは、砂利山にある石を拾って僕に投げた。その石が僕の前歯を直撃した。

僕の記憶では、ずいぶん遠くから山なりになって石が飛んできたことになっている。口を少し開けて、その石を見つめる僕がいる。そのとき、僕はケンカになって石を投げつけるという行為が信じられなかったのだ。一瞬、唖然とした。僕はフリーズし、飛んできた石を顔で受けた。

そのときのことを、今でも夢に見る。目を覚まし、あのときの石が目に当たっていたら…と思い、身を震わせることもある。あるいは眉間に当たっていたらどうなっていただろう、と想像する。前歯を折るほどの勢いだったし、決して小さな石ではなかった。

記憶の中にある次のシーンは、Fくんが母親に連れられて謝りにきている映像だ。僕の母が応対している。Fくんは母親の横でうなだれていた。僕はどこにいたのだろう。玄関脇の部屋の隅で膝を抱えていたような気がする。別にFくんに対して怒っていたわけではない。怒っていたのは、僕の母だった。

その結果、僕の前歯は両方ともツギハギ状態になり、笑うと鉛色の塊が前歯にくっつているように見えた。それがイヤで僕は「早く差し歯にしてほしい」と母に訴えたが、結局、中学2年になるまで待たねばならなかった。その数年間、僕は常に前歯を気にして生きていた。

差し歯にするためには、残っている歯を削らなければならない。削り取ってしまうと、しばらく歯抜け状態になる。前歯が2本ともなくなった顔がどれほどマヌケか、僕は身に沁みてわかった。その間、僕はマスクをして学校に通い、弁当も隠れて食べた。

前歯を差し歯にするのには、保険が利かなかった。義歯が入るという日、当時は大金だった数万円を母からもらい、僕は歯医者にいった。母は「Fくんに弁償してもらいたいくらいや」と愚痴ったけれど、あのケンカの後も僕たちは仲良く遊んでいたし、「今さら言っても…」と僕は思った。

どちらかと言えば、あのケンカの後、Fくんとは以前より仲良くなった。放課後はほとんど、もうひとりのNくんを交えた3人で遊んでいた。中学は3人とも別々の学校にいったのだが、それでも月に何度かは会っていた。そんなつき合いは、僕が高校を卒業して東京に出るまで続いた。

あれは、大学3年の夏休みに久しぶりに実家に帰ったときだったろうか。ある日の夕食のときに、母が思いだしたようにFくんの名を口にした。

──知っとる? あの子、歯科技工士になったんやて。2年間、専門学校にいって、今はどっかの歯医者に勤めているらしいよ。あんたの歯も作ってもろたらええのに。

その時、ケンカの後、Fくんと以前より遊ぶようになったのは、彼が僕に気を遣っていたからじゃなかったのかと気付いた。引け目を感じているとか、そんな素振りはなかったけれど、Fくんは僕の歯を折ったことを気にしていたのだろうか。まさか、それで歯科技工士になったわけではないだろうけれど…。

結局、Fくんとは、その後、一度も会わなかった。Nくんとは今も年賀状をやりとりしているが、Fくんの消息を訊くのも何となくはばかられる。Fくんも、今さら僕には会いたくないだろう。僕に対する負い目のようなものが、あの砂利置き場の出来事から続いていたのだとしたら、僕は申し訳ない気がしてならない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雨風が強い土曜の午前中、月に一度通っている医者にいく。傘が吹き飛ばされそうになり、霧雨が吹き付ける。歩いて10分ほどの病院は、風雨のせいか空いていた。それでも15分ほど待たされ、診察は5分。いつもの薬を4週間分もらって帰る。やれやれ、成人病のデパートになってしまいました。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 文体練習 ジャンク・スタイル―世界にひとつの心地よい部屋 (コロナ・ブックス) (コロナ・ブックス) どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役 福本清三 (集英社文庫) ねにもつタイプ

by G-Tools , 2009/02/06