●映画化された「青空のルーレット」のクライマックスシーン
もう4年前の春のことになるが、251回のときに「窓拭きたちが見た夢」という文章を書いている。その中で「青空のルーレット」という辻内智貴さんの小説を紹介した。そのときに僕はこんなことを書いている。
……この小説の登場人物たちがすこぶる爽やかなのは、彼らが「夢を見ること」を言い訳にしていないからだ。(中略)萩原さんが奥田に騙されて窮地に陥る。出口なし…絶望、そう思われた時、青空の中にそびえ立つビルの屋上から数十本のロープが垂らされる。この描写を読んだ時、不覚にも僕はハラハラと落涙した。このシーンを見せるためだけにでも、映画化してほしいと強く願う。
その後、2年ほどして、その小説が映画化されたことを知った。しかし、上映館が少なかったらしく、いつの間にか公開が終わっていた。それに何となく、小説を読んでイメージしている映像と実際に映像化されたものの間には大きな隔たりがあることはわかっているので、その映画化作品を見ることにはそれほど執着はしなかった。
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最初に貫地谷しほりの沈鬱なトーンの独白があり、原作を読んでいる人間にも新たな謎を感じさせるので、物語への興味は湧き起こるし意外性もある。しかし、物語の大筋は変更されておらず、最後のクライマックスには、僕が見たかった「青空の中にそびえ立つビルの屋上から数十本のロープが垂らされる」シーンがあった。
ところが、である。やはり僕がイメージした映像ではなかった。作業準備のための小部屋の窓から見上げると、道を挟んだ向かいにあるガラスの壁面の高層ビルの屋上からいっせいに窓拭きのためのロープが垂らされる。それは、真っ青な空を背景にくっきりと描かれなければならないし、ロープは一斉に垂らされなければならない。
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青空を背景にして映えるのは、真っ白な作業着と白のヘルメットである。ロープは映像的効果を考えて赤にしたい。ビルのガラスの壁面には、青空と白い雲が映り込んでいてほしい。しかし、映画化作品では、そのシーンの後にゲスト出演のような仲村トオルが、だめ押しのように「いい若者たちですね」なんて言うセリフがあった。
●「青空のルーレット」の主人公は「パッチギ」でもギターを弾いた
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高岡蒼佑は「パッチギ」で沢尻エリカ(「別に…」事件のずっと以前の出演です)の兄を演じて、主人公役の塩谷瞬より目立っていたから人気が出るだろうと思っていたら、その後、あまり目にしなくなった。ところが、先日、宮崎あおいの夫の不倫騒ぎがあり、高岡は宮崎あおいの結婚相手だと初めて知った。
「パッチギ」の高岡蒼佑(現・蒼甫)は、朝鮮高校の番長アンソン役をやっている。彼は祖国へ帰り、サッカーの選手になってワールドカップに出ることを夢見る高校3年生である。やたらにケンカっ早く、特技はパッチギ(頭突き)。彼は朝鮮高校の仲間を率いて日本人高校生たちとケンカを繰り返すのだが、そのケンカのシーンがやたらに多い映画である。
アンソンは、酒と煙草はやり放題。高校生なのに、ボウリング場の女性従業員を妊娠させる。さらに、赤電話を何台も集めて硬貨を抜き取り、草原でまとめて焼いてしまうようなワルであるが、どことなく純情さを感じさせる役だ。彼がケンカを繰り返すのは、抑圧された何かを発散させているように見える。だから、この映画で最も印象的な役だった。
映画は、オックスのステージシーンから始まる。ファンの女の子たちが失神し、救急車がやってくる。オックスは、ファンが失神するので有名なグループサウンズのバンドだった。時代設定は1968年。主人公コースケは、どうやったら女の子にモテるかしか考えていない京都の高校2年生だ。当時、僕も四国の高校2年生だったから、時代の雰囲気はよくわかる。
日本人高校生がチョゴリを着たキョンジャ(沢尻エリカ)にからんだため、日本人高校生たちと朝鮮高校の生徒たちとのケンカが始まる。それに巻き込まれたコースケは、翌日、教師に「ケンカの代わりにサッカー」と言われ、朝鮮高校にサッカーの親善試合を申し込みにいかされる。そこで、コースケはブラスバンドの練習をしていたキョンジャにひと目ぼれしてしまうのだ。
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「パッチギ」の中でもフォーククルセダーズのレコードがかけられる。その歌の由来を音楽好きの坂崎青年(オダギリ・ジョー)からコースケは聞かされる。同時に在日朝鮮人の悲しい歴史を聞かされ、コースケは初めて日本と朝鮮の歴史を意識する。高校の教師が毛沢東語録を引用したり、ベトナム戦争のニュースが流れたり、あの時代の政治的状況も描かれる。
それでも、コースケの目的は女の子だ。音楽をやればキョンジャに認められると思い、フォークバンドを結成し「イムジン河」を練習する。意を決してキョンジャに電話をし、祖国へ帰るというアンソンの送別会に呼ばれる。そこで、コースケはギターを弾きながらキョンジャのフルートの伴奏で「イムジン河」を歌い、キョンジャたち在日朝鮮人の若者たちに受け入れられる。キョンジャは、康介を朝鮮語読みで呼ぶようになる。
●被差別民族であることの怒りを暴力に託してのし上がる
「パッチギ」は、1968年当時の京都の在日朝鮮人社会が中心に描かれる映画だ。制作されたのは2005年だから、北朝鮮の実態も明らかになった後だし、「冬のソナタ」でにわかに巻き起こった韓流ブームも経験した後である。韓国映画や韓国ドラマは数え切れないほど公開されていた。だからこそ60年代末の在日朝鮮人たちの姿を、改めて描くことができたのだろう。
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彼らが在日韓国人あるいは在日朝鮮人であることは明確には描かれないが、彼らの食生活や冠婚葬祭における儀式によってそれは示される。戦後の日本を舞台に在日一世あるいは二世の彼らは長く差別されてきた歴史をくつがえすように、暴力を唯一の手段にしてヤクザ社会で力を付けていく。
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「日本暴力列島 京阪神殺しの軍団」で描かれた彼らの思いは、当時、大学生だった僕に在日の歴史を認識させたものだった。何10万人という人間が徴用と称して朝鮮半島から強制的に日本に連れてこられた。日本姓を付けられ、強制労働に従事させられた。彼らの思いや無念さは、現在の我々には想像できないだろう。
「パッチギ」の中でもそんなシーンがある。コースケと仲のよかった朝鮮高校の生徒の一人が死に、その葬式の場面だ。貧しいあばら屋の玄関が狭く棺が入らない。アンソンが泣きながら、その戸口を壊す。それを見て母親が号泣する。ひとり日本人であるコースケは戸惑いながらも、彼らと共に葬儀の列に加わる。
しかし、在日一世の長老が「ここから出ていけ」と怒鳴る。彼には日本人が同じ場所にいることが耐えられないのだ。同じ民族の若者の葬儀の場に…。彼の口から、戦前に強制的に日本に連れてこられ、牛馬のように重労働に従事させられた積年の恨みが迸るように溢れ出す。止まらない。故国でもない場所で、今も差別され貧しい生活を強いられていることが口惜しいのだ。
しかし、コースケとキョンジャの世代は、親たちの世代の怨念や差別意識を超えて愛し合うことができるはずだ。コースケにとってキョンジャは、ただ可愛い女性である。国籍も何も関係ない。また、アンソンは祖国へは帰らず父親になり、日本で生きていくことになる。「パッチギ」は、そんな新しい希望を示して終わる。
「パッチギ」の時代から40年が過ぎた。現在、多くのアジア圏の映画が公開され、音楽もボーダーレスになっている。韓国や台湾出身のアイドルグループに少女たちは大騒ぎし、韓国スターたちにおばさんたちが群がる。僕らの世代にはまだ残っていた偏見や差別意識も次世代にはないのかもしれない。そんな風にして、謂われのない偏見や差別意識がなくなればいいと思う。長い時間がかかるのかもしれないけれど…。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
相変わらずアルコールが抜ける日がない。もっとも量は減っている。自宅にまっすぐ帰れば、大きなコップに一杯ほど焼酎をロックで飲みながら食事を済ませ、自室で本を読んだり映画を見たりしながらシングルモルトをストレートグラスで一〜二杯。いつの間にか眠ってしまう。健全(?)です。
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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![photo](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41XGYOfgs2L._SL160_.jpg)
- 映画がなければ生きていけない 1999‐2002
- 十河 進
- 水曜社 2006-12-23
- おすすめ平均
ちびちび、の愉悦!
「ぼやき」という名の愛
第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
すばらしい本です。
ものすごい読み応え!!
by G-Tools , 2009/02/20