●アル中の保安官助手が登場する「リオ・ブラボー」


受賞式の宴会が終わり、二次会で樋口さんに「『シートン動物記』やジャック・ロンドンの『白い牙』『荒野の呼び声』を思い出しました」と話しかけると、「動物の一人称描写はむずかしいんですよ。日本なら戸川幸夫さんの小説や西村寿行さんの初期の小説にとてもいいものがあります」と言う。思いを込めた作品が受賞して、とてもうれしそうだった。

福田さんは、どう見ても少女マンガでも描きそうな可愛い女性なのである。アラレちゃん風メガネをかけ、クリクリした目に愛嬌がある。酔っぱらった僕が「こんな若くて可愛い人が、テロリストによって東京が完全に停電する話を書いたとは思えないなあ」と失礼な大声をあげると、「私、若くないですよ」と福田さんが訂正する。「お若く見えます」と僕。何しろ、こちらはアラウンド還暦なのである。
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さて、そのとき、僕が主張したのは「『リオ・ブラボー』のアル中の保安官助手デュードことディーン・マーチンがいなければ、『深夜プラス1』のアル中のガンマン、ハーヴェイ・ロヴェルは生まれなかった」ということだ。「ギャビン・ライアルは間違いなく『リオ・ブラボー』を見ているし、好きだったに違いない」と僕は断言した。
酔った勢い、というものである。しかし、そう断言した瞬間、僕の中にそれは間違いないことだという確信が生まれた。だから、僕は、また大声でこう追加したものだった。
だって、ギャビン・ライアルは四作目で『本番台本』を書いているでしょう。あそこに出てくるハリウッド・スターのウィットモアは、間違いなくジョン・ウエインですよ。
●「本番台本」に登場するジョン・ウエインらしき大スター
「本番台本」の原題は「シューティング・スクリプト」だから、「撮影台本」と訳す方が正しいだろう。もちろん、「シュート」には「撮影する」という意味に「撃つ」という意味を重ねている。「シューター」は「射撃手」の意味になる。スポーツで使われる「シュート」も同じだ。
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さて、その「本番台本」で、主人公のどさまわりパイロットであるキース・カーが初めてウォルト・ウィットモアの弁護士と会い仕事を依頼されたときに、ウィットモアについて語る部分から引用しよう。
──ジョン・ウエイン、ゲイリー・クーパーの年代よりちょっと若いのだが、それでもまだハリウッドの俳優の半分が馬だった頃から出始めた男である。(中略)彼は相変わらず鞍の上に座り続けているのだ。批評家連中が「芸なしウィットモア」から「西部原人」にいたるまで、あらゆるあだ名をつけたが、過去30年間、毎年2本の大作に主演してきている。
「本番台本」が出版されたのは1966年。まだ、ジョン・ウエインはアカデミー主演男優賞はとっていない。西部劇しかできないデクノボーのように言われていたし、毎年2本は主演映画が公開されていた。「ジョン・ウエイン、ゲイリー・クーパーの年代よりちょっと若いのだが」とあるけれど、この文章を読めば、誰もがジョン・ウエインをイメージするだろう。
──映画のシーンみたいじゃないか? ふたつの寂しい影が長い階段の上で待っている。黒い大型車が近づいてくる。後部の窓がゆっくりと見えてくる。エドワード・G・ロビンソンがトミーガンを構える。ダダダダダッ。ふたつの人影が、ドラマチックに階段を転げ落ちていく。
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ちなみに「深夜プラス1」は1965年の発行、「拳銃を持つヴイーナス」は1969年の発行である。もちろんイギリス本国での発行年だ。2作目の「もっとも危険なゲーム」は1963年に出ている。ギャビン・ライアルは30代前半で代表作を書いてしまった作家なのである。改めて驚く。
●酒に溺れた男が再生する物語が印象に残る
ギャビン・ライアルはハリウッドのスリラー映画や西部劇が好きで、中でもジョン・ウエインのファンだったのではあるまいかという推測は、的はずれではないと思う。だから、「深夜プラス1」で主人公ルイス・ケインより人気のあるアル中のボディガード、ハーヴェイ・ロヴェルの造型にディーン・マーチン演じるアル中保安官助手が影響していると僕は確信した。
「リオ・ブラボー」の冒頭から登場するディーン・マーチンは印象に残る役だ。汚れたボロボロの服で酒場に現れるデュードは、何の説明がなくとも酒に溺れた男だとわかる。彼は誰かに酒を奢ってもらえることを期待して酒場にやってきたのだ。ひとりの男が彼に酒代を恵んでやる。しかし、男はコインを床に置いてある痰壺の中に放り込む。
デュードの顔色が変わる。しかし、酒を呑みたいという欲求は彼の自尊心を抑えてしまう。彼はかがんで痰壺の中に手を入れようとする。ここまでは無言劇のように一切セリフはないが、彼がアルコール中毒であることは観客全員が理解するだろう。彼は痰壺に手を入れるのか。観客はハラハラする。自尊心をなくしてしまうかどうかというサスペンスが盛り上がる。
デュードがまさに痰壺に手を入れようとしたそのとき、男の足が痰壺を蹴る。チャンス保安官(ジョン・ウエイン)の登場だ。かつてデュードは早撃ちで腕のよい保安官助手だった。チャンスとも強い友情で結ばれていた。だが、悪い女に惚れて女と一緒に町を出た。そして、戻ってきたときには酒瓶を離せない男になっていた。
酒場で冷酷に人を殺したジョーという男がいる。有力な牧場主の弟だ。チャンスはジョーを逮捕しようとするが、彼の仲間たちに阻まれそうになる。チャンスを救うのはデュード。そのときに見せるデュードの早撃ちは素晴らしい。ジョーを取り戻しに牧場主が大勢の手下を連れて町にやってくることを予想し、チャンスはデュードを再び助手に任命する。
その他に保安官に味方するのは、足の悪いスタンピー老人(ウォルター・ブレナン)だけだ。牛を運んできた昔なじみの牧場主(ワード・ボンド)が助勢を申し出るが、「あんたの身が危なくなる」とチャンスは断る。ワード・ボンドの部下に二挺拳銃使いの若いコロラド(リッキー・ネルソン)がいる。彼はボスに「保安官に助勢すると言っていると命を狙われますよ」と注意する。
案の定、ワード・ボンドが狙撃され殺される。その犯人をチャンスとデュードが追う。犯人はデュードに撃たれ怪我をしながら酒場に逃げ込む。酒場には10人以上の敵がいる。それでもデュードは酒場に乗り込むことを主張し、「裏口はもう飽きた。正面からいく」と顔を上げてチャンスに言う。デュードは見くびられている。酔っ払いの能なしだと蔑まれている。だが、彼は自尊心を取り戻そうと決意したのだ。
──大丈夫か?
──それを試す。
デュードはバーテンがカウンターの中に隠しているライフルを取り上げ、男たちを並ばせてガンベルトを棄てさせる。チャンスが感心するほど見事な仕切りだ。バーテンが妙な動きをするのを、デュードは振り返りもせず制止する。だが、酒場の中に犯人らしき男はいない。
酒場にたむろする男たちが勢いを取り戻す。「デュード、酒が切れて頭にきたな」「一杯やれよ」と口々にからかい始める。ひとりの男がコインを取り出し「やるよ」と痰壺に投げ入れる。デュードの自信がぐらつく。カウンターに酒を充たしたグラスが置かれる。デュードがカウンターによりかかる。デュードは再び酒に手を出すのか、最後の自尊心さえ失ってしまうのか…。
「リオ・ブラボー」は、デュードの復活あるいは再生の物語でもある。だからディーン・マーチンの登場で始まり、ディーン・マーチンの背で映画は終わる。主役のジョン・ウエインよりディーン・マーチンのキャラクターには人間らしい深みがあった。それは、彼が酒に溺れなければ生きていけない弱さを持っているからだ。その酒のために、人間として守るべき自尊心さえ棄てるかもしれない、と思わせるほど弱い男なのである。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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- 映画がなければ生きていけない 1999‐2002
- 十河 進
- 水曜社 2006-12-23
- おすすめ平均

ちびちび、の愉悦!
「ぼやき」という名の愛
第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
すばらしい本です。
ものすごい読み応え!!
by G-Tools , 2009/04/17
