●89歳で「放浪記」舞台公演2000回を達成した森光子
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昔、NHKの朝のテレビ小説は一年間の連続ドラマだった。5作目が「うず潮」で昭和39年(1964年)4月から翌年の4月まで一年間放映された。林芙美子の「うず潮」や「放浪記」など自伝的な小説をベースに田中澄江が脚色し、新人の林美智子が林芙美子を演じた。僕は最終回近くのシーンを今もよく憶えている。作家として成功した主人公が書斎の文机に向かい、貧しかった昔を懐かしむように振り返る。
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林芙美子は昭和26年(1951年)6月28日に47歳で死んだ。葬儀委員長をつとめた川端康成は「故人は自分の文学的生命を保つため、他に対して、時にはひどいことをしたのでありますが、しかし、あと2、3時間もすれば、故人は灰になってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか故人を許して貰いたいと思います」と挨拶した。
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──式が終わりかけたとき、少額の香典を手に近所のおかみさん連が大挙して焼香に訪れ、会葬者を驚かせた。林芙美子は、捨て身の明るさと強烈な上昇志向、意地の悪さと虚栄心、すべてをかねそなえた、いわば生まれながらの「庶民」であった。
●評判の悪い林芙美子だが成瀬作品には多大な貢献をした
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「乱れ雲」は夫を交通事故で死なせた相手(加山雄三)に惹かれていく若き未亡人の司葉子がよくて、こんなに切ない恋愛映画はめったにない。しかし、ポケットミステリで原作が出ていたエドワード・アタイア「細い線」を映画化した「女の中にいる他人」(1966年)、高峰秀子の最後の成瀬作品「ひき逃げ」(1966年)を加えた晩年の成瀬監督の作品は、残念だがあまり評価は高くないようだ。
林芙美子の「放浪記」出版と同じ昭和5年、松竹で監督デビューした成瀬は小津安二郎と並び称せられるほどの才人監督だったが、「小津はふたりいらない」と言われ、東宝の前身のP.C.Lに移る。戦前に50本近くの作品を持つ成瀬なのに、僕は「妻よ薔薇のやうに」(1935年)「鶴八鶴次郎」(1938年)しか見ていない。ただし、状態の悪い古い映画ではあるけれど、どちらも面白く見た。
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いろいろと評判の悪い林芙美子だけれど、成瀬作品には多大な貢献をした。成瀬は「稲妻」(1952年)「妻」(1953年)「晩菊」(1954年)と、毎年、林芙美子作品をベースに名作を作り、とうとう「浮雲」(1955年)に到達する。日本映画の最高傑作と言ってよい。少なくとも小津安二郎監督作品「東京物語」(1953年)川島雄三監督作品「幕末太陽傳」(1957年)黒澤明監督作品「七人の侍」(1954年)とは肩を並べる。
僕の個人的評価と断るけれど、林芙美子原作であまり出来がよくなかった成瀬作品は、「放浪記」(1962年)だった。林芙美子の最も有名な作品である「放浪記」は昭和10年(1935年)と昭和29年(1954年)に映画化されており、成瀬作品は3度目の映画化だった。だが、主人公を演じた高峰秀子がのっていないのが伝わってくるような作品である。もしかしたら、高峰秀子はヒロインに共感できなかったのかもしれない。
林芙美子原作を得た成瀬作品が、毎年のようにベストテン上位を占めていた頃、林芙美子はすでにこの世の人ではなかった。自作が日本映画の名作となるのを彼女は見られなかったのである。奇跡としか思えない「浮雲」のラストシーンを、彼女は見ることができなかった。しかし、林芙美子の人となりを評伝などで読む限り、彼女が素直に自作の映画化作品を評価したとは思えない。
●杉村春子は名脇役として映画界に欠かせない存在だった
戦後の成瀬作品のヒロインは、高峰秀子である。戦前、井伏鱒二の小説を原作とした「秀子の車掌さん」(1941年)があるが、戦後は「浮雲」など10数本の作品に出演している。その他には、原節子、田中絹代、高峰三枝子の名前が浮かぶ。一本だけの主演なら、杉葉子、乙羽信子、京マチ子などがいる。そして、忘れてならないのが「晩菊」の杉村春子である。
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その杉村春子を主演にしたのが「晩菊」である。林芙美子の短編「晩菊」「水仙」「白鷺」を原作にしている。これらの短編は昭和23年(1948年)から24年にかけて発表され、24年には「晩菊」によって、林芙美子は第3回女流文学賞を受賞した。
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その杉村春子と演技で火花を散らすのが、望月優子、細川ちか子、沢村貞子という名女優たちだ。どの人も舌を巻くほどうまい。男優陣には、戦後の名脇役の筆頭にあがるであろう加東大介(沢村貞子の弟です)、優柔不断な男をやらせたら得難い味を出す往年の二枚目上原謙(加山雄三のお父さん)がいて、沢村貞子の亭主役でちょこっと顔を出す沢村宗之助(東映の悪役で有名)が印象に残る。
杉村春子が演じる主人公きんは元芸者で、小金を貯めて今は小粋な黒塀のしもた屋で、聾唖者の手伝いの小女をひとり置いて暮らしている。彼女は金貸しをしていて、昔の仲間たちにも貸している。きんは吝嗇で、笑いながら嫌みを言うような女だ。ひとりで生きていくために、金しか信用していない。
沢村貞子の家に取り立てにいったときは、裏口から入り「こないだは、裏口から逃げられちまいましたからね」などと笑いながら嫌みを言う。それに応対する沢村貞子が感情的にならず実にいい。僕は沢村貞子がテレビドラマに出ていた頃に間に合った世代だが、本当にうまい人だった。長門裕之と津川雅彦は彼女の甥である。
細川ちか子が演じるたまえ(「水仙」の主人公)は、戦前は会社員の妻で奥様として暮らしていたのだが、夫が死に戦後は連れ込み旅館の女中をして息子を育てた女だ。息子は就職に失敗ばかりしていて頼りない。ある日、息子が金を持って戻ってくる。問い詰めると、息子はどこかの金持ちの妾の若いツバメになって小遣いをもらっているらしい。彼女は情けなくなり、ひとり沈み込む。
望月優子は、たまえの家の二階を借りている貧しい女だ。寮の下働きをしているが、その住人の若い勤め人に金を借りて返さないようなだらしない女だ。きんはたまえに「あれでも昔は芸者だったのに…。もう少しちゃんとしてれば、掃除婦なんかしなくてすむのにね」と望月優子のことを蔑むように言う。女たちは、それぞれに長い人生に疲れている。
そんなきんにも、華やぐときがやってくる。昔、好きだった男が訪ねてくるというのだ。満州時代に知り合った男(上原謙)である。きんは念入りに化粧をし、酒の燗をし、料理を用意する。しかし、やってきた男はだらしなく、みっともない。若い頃のいい思い出しかなく、期待した分きんは落胆する。結局、男は落ちぶれて、きんに金を借りにきたのである。
「晩菊」の余韻は、辛く苦い。若い頃の仲間は信じられず、羽振りのいい人間のところへ訪ねてくる人間は金目当てでしかない。女たちは、かつての羽振りのよかった頃のことばかり、酔って懐かしむように口にする。哀しい。虚しい。今の状況を何も変えない。愚痴っぽく、みじめだ。「人は一度つまずくと、転がる一方だ」と、ある登場人物がシニカルに、だが、僻みっぽく口にする。
しかし、そんな暗く救いのない物語であっても、そこに必ず人生の悲哀、生きる悲しみのようなものが描かれるのが成瀬作品だ。「人生は辛く苦い。不幸に充ちている。それでも、死ねない限り人は生きていかなければならない」という無常観や諦念が伝わってくるのである。そう、命がある限り人は生き続けなければならないのだ。
林芙美子も人生に関しては同じ認識だったのかもしれないが、彼女は成瀬とは違いバイタリティにあふれた楽天家だった。だから、林芙美子原作の成瀬作品は互いに何かを補完し合い、名作になったのかもしれない。日本映画史に成瀬作品が残る限り、林芙美子の名も共に残るだろう。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
一日、本の倉庫で過ごした。もちろん、仕事。隣の棚には英語教育の専門出版社の出版物が並んでいた。「イングリッシュ・ジャーナル」という月刊誌のバックナンバーがあり、その表紙にはスカーレット・ヨハンソンやアル・パチーノなどが登場していた。ハリウッド映画は生きた英語の教科書というわけだ。しかし、僕はハリウッド映画をいっぱい見ているのに、英語はまったくダメ。なぜ?
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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![photo](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41XGYOfgs2L._SL160_.jpg)
- 映画がなければ生きていけない 1999‐2002
- 十河 進
- 水曜社 2006-12-23
- おすすめ平均
特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
ちびちび、の愉悦!
「ぼやき」という名の愛
第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
すばらしい本です。
by G-Tools , 2009/05/22