●ラストシーンのドミニク・サンダが目に焼き付く
WOWOWがポール・ニューマンの一周忌で追悼特集をやってくれたおかげで、35年ぶりに「マッキントッシュの男」(1973年)を見ることができた。初めて見たのは1974年の冬だった。まだ、マッキントッシュというパソコンは登場していない。僕はロードショーの封切りで見た。隣りに今のカミサンがいた記憶があるから、高松に帰省中に見たのだろうか。
ジョン・ヒューストン監督は「クレムリン・レター」(1969年)なども撮っているのでスパイものは初めてではないが、当時、こういう作品を撮ったことに少し意外感を持ったことを憶えている。僕はポール・ニューマンとドミニク・サンダが出ているのに惹かれて見にいった。原作はデズモンド・バグリィだったが、僕はまだバグリィと出会ってはいなかった。
35年ぶりに見て、自分の記憶がかなり確かだったのを確認した。印象的なラストシーンはもちろん、アイルランドの寒々とした風景も記憶のままだった。それだけ印象的な映画だったのだ。主人公が宝石強盗をして、いきなり20年の刑に服すことになる展開は予想外だったが、刑務所で終身刑に服している大物スパイに近づくあたりから、主人公が何か密命を帯びて刑務所に入ったことはわかった。
最初に見たとき、僕が驚いたのはラストシーンである。ドミニク・サンダが大きなモーゼル拳銃を構える姿が焼き付いた。ドミニク・サンダは僕のひいきの女優なのだが、最も記憶に残るシーンは「暗殺の森」(1970年)でもなく「ルー・サロメ/善悪の彼岸」(1977年)でもなく、「マッキントッシュの男」のラストシーンだ。今回もそのシーンが見たくて、朝の7時から起きて放映を見たのである。
ドミニク・サンダは、記憶の中にあった通り美しかった。謎を秘めた美しさだ。表情をあまり変える人ではない。ミステリアスな役が似合うのは、感情をあまり出さない演技をするからだろう。「暗殺の森」でもそうだった。70年代後半、日本でも人気が出てテレビCMも頻繁に流れたし、西武デパートかパルコが美しいビジュアルのポスターを作った。
今回、エンドクレジットを見ていて気付いたのは、「スクリーンプレイ=ウォルター・ヒル」と出たことだ。調べるてみると、ウォルター・ヒルは同じ年にペキンパーの「ゲッタウェイ」(1972年)の脚本を書いている。その後、監督になり「ザ・ドライバー」(1978年)が評判になる。フィルム・ノアールのテイストを持ったスタイリッシュな映画だった。
初公開時はウォルター・ヒルなんて名前を見ても何も思わなかったが、今や有名監督のひとりになった。「マッキントッシュの男」のシナリオを担当した頃は、30そこそこだった。その後、「48時間」(1982年)などのヒット作もあり、ハリウッドで成功したプロデューサーでもある。35年も経つと、そんな面白さも生まれる。
もちろん、僕の方にも大きな変化があった。初めて「マッキントッシュの男」を見た頃は大学3年の春休みで、前年の暮れに東京を引き揚げて高松に帰っていたカミサン(まだ結婚前だったけれど)に会うために、大学3年の後期試験が終わるとすぐに高松に帰っていた。おそらく2月のことだ。それから4月の初めまで、2か月近くを僕は実家で過ごした。
その間、僕はビル・メンテナンス会社でアルバイトをした。要するにビルの清掃である。そのメンテナンス会社の課長が僕の大学の先輩で、自分で言うのも何だが僕が陰日向なく真面目に働くのを見込んだらしく「来年、卒業したらウチに就職しないか」とまで言われた。高松に戻り、ビル・メンテナンス会社に就職する、それもいいかなと僕は思った。
しかし、翌年、僕は出版社に就職し、その秋には結婚して再びカミサンを東京に呼んだ。それから34年間を勤め人として過ごしてきて、今年の秋には結婚34年めの記念日を迎えた。長い時間だ。ジョン・ヒューストンもポール・ニューマンもすでにこの世にはいない。原作者のデズモンド・バグリィも、ずいぶん以前に死んでしまった。僕と同い年のドミニク・サンダはどうしているのだろう。
●福永武彦がバグリィの「高い砦」を絶賛
デズモンド・バグリィの翻訳は、早川ノヴェルスとして「裏切りの氷河」が最初に出た。続いて翻訳されたのが「マッキントッシュの男」である。すべての作品を独立した物語として書いたバグリィだが、主人公は異なるものの「裏切りの氷河」の続編が「マッキントッシュの男」である。
そう、あれは1974年のゴールデンウィークの後だった。僕は大学4年になり、来年からの去就に迷いながら方南町の狭いアパートで暮らしていた。ある日、友人のTが「デズモンド・バグリィが面白い。読め」と僕の部屋に2冊の本を置いていった。「裏切りの氷河」と「マッキントッシュの男」だった。「裏切りの氷河」から読み始め、やめられなくなった。
次に「マッキントッシュの男」を読み始めたが、すぐに「裏切りの氷河」の続編になっていることに気付いた。主人公は違うが、「裏切りの氷河」の主人公によって正体を暴かれ、イギリス政府に逮捕された大物スパイが「マッキントッシュの男」では脱走を図るのである。僕は数か月に見た「マッキントッシュの男」を思い出し、「なるほど、そういういきさつだったのか」と納得した。
そして、3番目に翻訳されたのが「高い砦」だった。僕の持っているハヤカワ・ノヴェルズの奥付を見ると、昭和49年5月31日の発行になっている。その翻訳が出た頃、朝日新聞の文化欄の大きなスペースを使って、福永武彦が「高い砦」を中心にイギリス冒険小説についてエッセイを書いた。
僕は高校生の頃に福永武彦を少女趣味の作家と規定して馬鹿にしていたが、あるとき「海市」を読んで感心し、その後、福永武彦のほとんどの著作を読み、「日本にもこんなロマネスクな小説を書ける作家がいたのだ」と心酔していたから、我が意を得た気分になった。
福永さんは加田伶太郎名義で本格探偵小説も書いた人で、中村真一郎と丸谷才一の三人でミステリ評論集「深夜の散歩」を出すような人だった。物語性を大事にする純文学作家だった。「風のかたみ」は女性読者が多いし、「死の島」は日本文学史に屹立する大長編小説だ。池澤夏樹さんは、彼の息子である。
福永さんが絶賛したからというわけではないが、僕は出たばかりの「高い砦」を買ってすぐに読んだ。これが、凄かった。アリステア・マクリーンの「女王陛下のユリシーズ号」、ギャビン・ライアルの「深夜プラス1」、それにジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」など、今では冒険小説の古典になっているが、「高い砦」もそのひとつである。
現在、日本冒険小説協会では「鷲は舞い降りた」「深夜プラス1」、それにアリステア・マクリーンの初期作品は必読書になっているようである。デズモンド・バグリィも後期になるとクオリティは落ちたが、それでも一定の水準は保っていた。後期は、映画化を前提にしたノヴェライゼーションのような小説を書き散らした、アリステア・マクリーンほどクオリティは落とさなかった。
●バグリィの最高傑作「高い砦」はなぜ映画化されないか
デズモンド・バグリィの原作はどれも映画化したら面白いと思うのだが、あまり映像化されていない。調べてみると、「マッキントッシュの男」の他に「裏切りの氷河」(1978年)がテレビ用に映像化されたらしい。その他には日本未公開だが、「ランドスライド」(1992年)と「アーク 失われたマヤの財宝」(1999年)という作品がある。
「ランドスライド」は「原生林の追撃」、「アーク 失われたマヤの財宝」は「黄金の手紙」として翻訳されたものだ。どちらもバグリィ前期の作品で、よくできた冒険小説である。翻訳の順番は後先になったが、処女作「ゴールデン・キール」に続く2作目が「高い砦」で、バグリィはこれで一躍注目された。「裏切りの氷河」「マッキントッシュの男」は中期の作品で、これ以降、バグリィ作品のボルテージは下がっていく。
デズモンド・バグリィは14作品に加えて、死後に2作翻訳が出た。20年ほどの間に16作だから寡作だが、イギリスやアメリカの作家はそんなものだ。英語圏の作家はマーケットが広いから、一年以上かけて一作というペースで充分に生活できるのかもしれない。もっとも、バグリィの出身は南アフリカではあったけれど...。
バグリィの最高傑作「高い砦」は、なぜ映画化されないのか不思議だが、それはギャビン・ライアルの「深夜プラス1」が映画化されないのと同じなのだろう。あまりに原作のクオリティが高いので、映画化に二の足を踏むのかもしれない。派手な展開があるので、昔なら制作費がかかるだろうが、現在のハリウッドならCGを駆使してリアルな映像が撮れるはずだ。
南米のある国でパイロットをしているイギリス人が主人公である。彼は小さな旅客機に荷物と十数人の客を乗せてアンデス山脈を越えて飛ぶが、途中で副操縦士の破壊工作に遭いアンデス山中に不時着する。副操縦士は「ビバカ...」と言って死ぬ。後にその意味がわかると、小説が書かれた時代(1965年)の背景に納得する。
「ビバカ...」は「ビバ・カストロ」と言う途中だったのだ。カストロやチェ・ゲバラがキューバ革命に成功して数年、そんな時期にバグリィは「高い砦」を書いた。だから、「高い砦」の敵役は共産軍に設定されている。ミッキー・スピレーンほど共産主義への敵意を露骨には書かないが、現在の物語が国際テロリストを敵役にするのと同じように、冷戦時代の雰囲気がうかがえる。
不時着し生き残った10人の男女はアンデスを下る。ところが、ある谷まできて橋が壊れているのに遭遇する。そして、対岸には共産軍が待ち受けていた。それは、客の中に某国の国民的英雄と慕われる元大統領がいて、彼の帰国を共産主義政権が阻止するために軍隊を派遣したからだった。副操縦士も彼らの仲間だったのだ。
共産軍と10人足らずの徒手空拳の男女が谷の両側で対峙する。彼らの中には様々な職業の人間がいて、物理学者の提案で中世の戦いで使われたという投石機や石弓を作り、軍隊の銃弾に対抗する。しかし、共産軍は少しずつ橋を修復する。その橋がつながったときには、ろくな武器を持たない主人公たちは死を覚悟しなければならない。
しかし、3人の男たちが不可能と思われるアンデス越えに挑戦し、共産政権に対抗する革命軍に救いを求めにいく。ミゲル・ローデという魅力的な人物がいる。元大統領を帰国させることが祖国のためになると信じる彼は、使命を全うするために超人的な力を見せる。アンデス越えの途中で意識を失った仲間を肩に担ぎ、ひとりでも不可能と言われるアンデスを凍傷になりながら越えるのである。
バグリィ前期の小説の特徴は、主人公がひとりではないことだ。「高い砦」もオハラというパイロットが中心にはいるが、アメリカ人のフォレスターやミゲル・ローデも活躍するし、オールドミスの女教師や学者もそれぞれに出番があり、魅力的なキャラクターだ。生き残った旅客たちの中に卑劣な酔っ払いのピーボディという男もいるが、彼さえも印象深い脇役なのである。
僕は今まで数え切れないほどの小説を読み、様々な映画を見てきたけれど、登場人物の死を悲しむという意味では、ミゲル・ローデの死ほど悲しんだことはない。「なぜ、こんないい男を殺すんだ」と、僕はバグリィに抗議したくなった。しかし、ミゲル・ローデは無惨に銃殺されたから僕の記憶に刻み込まれたのである。バグリィの物語作りのうまさだ。
「高い砦」は、様々なシーンが今でもくっきりと浮かんでくる。それは30年前に読んだときのビジュアル・イメージなのだが、それが記憶に残っているのは優れた小説が持つ力なのだろう。そうであるとすれば、今さら映画化する必要はない。これだけ強い映像的な喚起力を持つ小説なら、読者は映画化されたものに違和感を持つだけだ。賢明なプロデューサーや監督は、きっとそのことがわかっているのに違いない。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
このところ、本が読めなくて困っている。視力が落ちたのか、電車の中でも20分を超えると、眉間がイライラしてくる。字を追うのが苦痛になってくる。そういう肉体的な問題とは別に、あまり面白い本に出会わなくなっている。世の中には数え切れないほど本が出ているので、そのうちまた夢中で読める本に出会えるだろう。
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html
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受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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- マッキントッシュの男 [VHS]
- ワーナー・ホーム・ビデオ 1987-01-30
- マッキントッシュの男 (ハヤカワ文庫 NV 211)
- 矢野 徹
- 早川書房 1979-11
- 映画がなければ生きていけない 1999‐2002
- 水曜社 2006-12-23
- おすすめ平均
- 特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
- ちびちび、の愉悦!
- 「ぼやき」という名の愛
- 第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
- すばらしい本です。
by G-Tools , 2009/10/16