〈スカーフェイス/コレクター/フィールド・オブ・ドリームス〉
●「スカーフェイス」のアル・パチーノが浮かんだ
朝、目が覚めると右目が開かなかった。痛みはそれほどひどくなかったが、右目はぴったりくっついていた。カミサンがやってきて「鏡見てびっくりしないでね」と言う。また、記憶がなかった。息子が心配そうにやってきて、ガーゼを剥がし、薬を塗ってくれた。「目が潰れてるかと思ったよ」と言う。そんなにひどいことになっているのだろうか。
おそるおそる起き出して、洗面所で鏡を見た。「四谷怪談」である。右目はお岩さん状態だった。上下の目蓋が血糊でくっついている。右目の下が大きく裂けていた。小さな傷は周囲にいっぱいできている。水で少しずつ血を流し、ようやく目蓋が開いた。目は大丈夫のようだ。傷ついてはいない。それにしても、またずいぶん派手にやったものである。
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人相が変わりそうな傷だ。目の下が引きつれている。これじゃあ、スカーフェイスだな、と思った。そう思った途端、あの血まみれの残酷なギャング映画「スカーフェイス」(1983年)のアル・パチーノが浮かんだ。ハワード・ホークス監督の名作「暗黒街の顔役」(1932年)をオリヴァー・ストーン脚本、ブライアン・デ・パルマ監督でリメイクしたものだ。もちろん、ホークス版の原題も「スカーフェイス」である。
●「スカーフェイス」のアル・パチーノが浮かんだ
朝、目が覚めると右目が開かなかった。痛みはそれほどひどくなかったが、右目はぴったりくっついていた。カミサンがやってきて「鏡見てびっくりしないでね」と言う。また、記憶がなかった。息子が心配そうにやってきて、ガーゼを剥がし、薬を塗ってくれた。「目が潰れてるかと思ったよ」と言う。そんなにひどいことになっているのだろうか。
おそるおそる起き出して、洗面所で鏡を見た。「四谷怪談」である。右目はお岩さん状態だった。上下の目蓋が血糊でくっついている。右目の下が大きく裂けていた。小さな傷は周囲にいっぱいできている。水で少しずつ血を流し、ようやく目蓋が開いた。目は大丈夫のようだ。傷ついてはいない。それにしても、またずいぶん派手にやったものである。
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それにしても、どうしてこんなになるまで飲むのだろう。もしかしたら、無意識の自殺願望でもあるのか。確かに、昨夜は夕方から10時くらいまで仕事の関係で飲み、その後、兄弟分のカルロスと約束していたので新宿へ出た。ゴールデン街で一時間以上ウィスキーをロックで飲み、その後、カルロスと一緒に三軒まわったのは憶えている。一軒目で出してもらったマティーニが絶品だった。量もたっぷりあった。
結局、いつタクシーに乗ったのかは憶えていないが、タクシーが自宅近くを通り過ぎたのは、記憶の隅から甦った。「そこでいいです」と口走り、心配する運転手に手を振ってタクシーを降りた。財布にレシートが入っていたから、金は払ったのだろう。おそらく自宅に帰り着くまでに、どこかで顔の右側をぶつけたのだ。そのときにメガネのフレームで切ったに違いない。メガネはなくなっていた。
とりあえず自宅にはたどり着き、息子を驚かせたらしい。カミサンも起きてきて傷を氷で冷やしたりしてくれたそうだ。そんなことは、何も憶えていなかった。幸いメガネ以外の持ち物はすべてあったし、コートもスーツも汚れていない。スーツのズボンの左膝が少しこすれている。これはツーパンツだから、まあいいや、と自分で納得する。しかし、一体、何が起こったのだ。
●サリンジャーが死んだことを知った夜

僕はまったく知らずに仕事をしていたのだが、夕方、読書人シェフのカルロスから電話が入り、開口一番「サリンジャーが死んだな」と言う。「えっ」という感じだった。「ライ麦畑でつかまえて」には、やはりそれなりに思い入れがあるし、「フラニーとズーイー」は僕の生涯の愛読書である。
その夜は客の予約が入っているというカルロスだったが、「遅くなったらいける」と言う。店を片づけてからだから、おそらく11時半近くになるだろう。その日、僕は夕方から仕事の関係で招待を受けていて、10時近くまでは飲むことになるだろうと思っていたので、その後、新宿の「深夜+1」にいくことにした。


サリンジャーが僕にとってどういう存在だったのかはわからないが、初めてサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ僕はもうこの世に存在していないのではないか。そんなことを考えた。ホールデン・コールフィールドは、大人たちの「インチキな世界」を糾弾し、精神的にどんどん追いつめられていく。彼はイノセントな妹の魂に救済されるのだが、世界中で多くの人に読まれているあの小説には、人間たちのひどく醜い姿が描かれていた。
10代半ばの僕は、ホールデン・コールフィールドに共感した。だが、あのときの少年は僕とは別人なのではないか。今の僕は、ホールデン・コールフィールドが糾弾した「インチキな大人たち」のひとりなのではないか。僕は、本音を隠して生きているインチキな大人なのだ。社会の固い殻を構成するスクエアな俗物になってしまったのではないか。そんなことを感じていた。
●酔っ払って破滅的になるときに聞こえてくる言葉
年明け早々、会社での僕のポジションが変わった。今までも大きな責任は感じていたのだが、背負うものがさらに大きくなった。そのポジションになることは、組織内では大きな成功である。しかし、プレッシャーも大きかった。僕はしばらくブルーになった。その後で、ようやく覚悟ができた。自分のポジションが果たすべき役割を自覚した。
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──生きてること、やってる仕事。家を持っていること、家族があること。そういうものに何かしら恥ずかしさがつきまとう。それでいてそれをちっとも放棄できない、ふしだらでだらしない自分にも、恥ずかしいわけなんだが......
僕が酔っ払って破滅的になるのは、時々、その言葉が聞こえてくるからだ。その声が今の僕を責める。何を青臭いことを...という気もするけれど、若い頃の自分を完全には否定はできない。ヘンな言い方だけど、まともに生きてきてしまったなあ、という後悔がある。しかし、ここまできてしまうと、今更、無頼にもなれないし、破滅的に生きるのもしんどいものだ。
カルロスと兄弟分の盃を交わしたのは、僕が無頼に憧れるところがあるからかもしれない。渋谷の高級スペイン・レストランのオーナーシェフ・カルロスは、最初に会ったとき、何者かはわからなかった。黒いソフト帽をかぶり、しきりに様々な話をするが、やたらに有名人の名が出る。それに、ひどく口が悪かった。ダーティ・ワーズ連発である。堅気ではない雰囲気だった。彼がオーナー・シェフだと知るのは、しばらく後のことだった。
その後、年が一歳しか違わず、同じような文化的体験をしていることから、飲んで歌って盛り上がって兄弟盃を交わした。以来、いろいろと話を聞くと、様々な体験をしているらしい。僕が大学生の頃にはパリにいたらしいし、スペインも長かったようだ。本はやたらに読んでいて、映画や音楽にも詳しい。それに、カルロスからは修羅場をくぐってきた無頼の匂いがする。彼の両腕にはタトゥーが彫り込まれていて、それを見た途端に僕は「弟分にしてください」と手を突いたのだった。
そんな、カルロスに僕は「今度、......になりましてね」と、正月明けに店にいったとき、ボヤキのような言い方でつい自慢した。「ケッ、それがナンボのもんじゃ」という「このバカ的反応」を予測していたが、「それは、それは...おめでたい」と紳士の対応が戻ってきた。紳士的なIさんが一緒だったからかもしれない。
昨夜、何軒かまわっているとき、カルロスに何度もその肩書きで呼ばれ、「からかうのは、やめてくださいよ」と言った記憶がある。恥ずかしい。自分がそんなポジションになったことが、何かの間違いのような気がする。「ライ麦畑でつかまえて」を読み、インチキな大人の世界に思いを馳せていた頃の僕は、今の僕を見て何を思うだろう。
●傷つきやすいホールデンのまま変われなかったのか
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さて、そのふたりは「ライ麦畑でつかまえて」を巡って論争する。テレンス・スタンプは否定派だったと思う。サマンサ・エッガーが演じた女子大生は「素晴らしい本だわ」と肯定する。しかし、男を刺激しないように、控えめな反論しかできない。ジョン・ファルズの原作では、この論争部分がかなり長いと友人に教えてもらったことがある。
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キンセラは作家の魂を救うためにサリンジャーを誘拐し、自分のトウモロコシ畑を切り開いて作った野球のグラウンドに連れてくる。キンセラがサリンジャーの魂を救おうと考えたのは、サリンジャーが自宅に高い塀を巡らせ、常にカーテンを引いている自宅に籠もったまま、ほとんど人前に姿を現さない生活を送っていたからだ。
世界的なベストセラーを書いたサリンジャーは、何かによって深く傷つき、隠者のような生活を始めた。彼は1919年に生まれ、1953年には自宅の周りに高い塀を張り巡らせてしまう。以来、ずっと外界との接触を断っていた。キンセラは、そんなサリンジャーが救いを求めているに違いないと考えたのだろう。確かに、サリンジャーは魂の救いを求めていたのかもしれない。

彼は、傷つきやすいホールデン・コールフィールドのまま変われなかったのかもしれない。ホールデン・コールフィールドが成長し世界的ベストセラーを書き、その成功によって様々な人間が群がってきたとしたら、精神的にはとても耐えられないだろう。人は(僕のように)何らかの図太さを獲得しない限り、少なくともそんな鎧をかぶらない限り、大人の世界では生きていけない。
僕が生きている世界を、今の僕は「インチキな大人の世界」とは思わない。それで世の中が成り立っているのだ。編集者時代と違って、受注と発注の関係など金銭を伴うビジネスの世界にいると、それこそが社会を成り立たせているリアル・ワールドだと感じる。税金や社会保険と言った社会的システムも見えてくる。企業運営は、経済活動なのだとわかる。しかし、社員の顔を思い浮かべて、「彼ひとりで年間の人件費がいくら」と発想するようになったのも事実だ。少しさみしい。
それにしても、これからは鏡を見るたびに「サリンジャーが死んだ夜」を思い出すことになるのかもしれない。スカーフェイスを気取るのもよいが、人相が悪くなるのは嫌だなあ。休みが開けたら、形成外科へいってみようか。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
先週、「ツイッター始めました」と書いたら、その後すぐに40人近くの人がフォロワーになってくれました。何となくツイッターの世界がわかり始めました。ボヤッキーである僕には向いているのかもしれません。よければ、のぞいてみてください。sogo1951です。
< http://twitter.com/sogo1951
>

< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1447ei2007.html
>
●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4880651834/dgcrcom-22/
>

- 映画がなければ生きていけない 1999‐2002
- 水曜社 2006-12-23
- おすすめ平均
特に40歳以上の酸いも甘いも経験した映画ファンには是非!
ちびちび、の愉悦!
「ぼやき」という名の愛
第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
すばらしい本です。