映画と夜と音楽と...[585]敗北からの再起を描いた監督
── 十河 進 ──

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〈ふるえて眠れ/特攻大作戦/カリフォルニア・ドールズ/飛べ!フェニックス/アパッチ/地獄へ秒読み/キッスで殺せ/ヴェラクルス/ガン・ファイター〉

●男たちの生き様を描いたロバート・アルドリッチ監督

中学生の頃だった。「ハッシュ・ハッシュ・スィート・シャーロット」と歌う曲がヒットした。子守歌である。やさしいメロディで、「ふるえて眠れ」(1964年)という映画の主題歌だった。しかし、その映画のポスターは、おどろおどろしい絵柄だった。今で言うホラー映画である。当時はそんな言い方はなく、恐怖映画と呼ばれていた。

主演は、ベティ・デイビス。後に名女優だったと知ったが、そのときは異様なメイクを施した怖ろしそうなおばあさんだと思った。恐怖映画を苦手としていた僕は、結局、「ふるえて眠れ」は見にいかなかったが、その映画の監督であるロバート・アルドリッチという名前は記憶に残った。

その数年後、当時購読していた雑誌に新作映画の紹介が載った。「汚れた十二人」というタイトルだった。原題は「The Dirty Dozen」だ。「汚れた一ダース」である。僕は「ダーティ・ダーズン」と口ずさみ、その映画が四国高松で公開される日を待った。「シカゴ特捜隊M」というテレビドラマを見て、主演のリー・マーヴィンのファンになっていたからである。

ところが、実際に公開されたときのタイトルは「特攻大作戦」(1967年)に変わっていた。「特攻大作戦? 何じゃい、それは...」と思ったけれど、僕はライオン通りにあったライオン館に見にいった。アーネスト・ボーグナイン、チャールズ・ブロンソン、ジョン・カサヴェテス、ジョージ・ケネディ、テリー・サヴァラス、ドナルド・サザーランド...と顔ぶれを並べるだけで、映画の内容がわかる。

ナチス・ドイツの本拠地に潜入する秘密作戦を命じられたリー・マーヴィンが、死刑囚を含む囚人たちの中から恩赦を餌に12人の決死隊を編成する。そのメンバー集めから訓練までに時間を割き、それぞれの個性を際だたせる。後に「刑事コジャック」として人気が出るテリー・サヴァラスは、異様な風貌を買われて変態的なキャラクターとして登場した。




この映画はアメリカで大ヒットし、間違いなくクエンタィン・タランティーノ監督の「イングロリアス・バスターズ」(2009年)に影響を与えている。僕は憶えていなかったけれど、昨年暮れに刊行された「ロバート・アルドリッチ大全」(国書刊行会)によれば、「めぐり逢えたら」(1993年)の中でトム・ハンクスが「特攻大作戦」について熱っぽく語るシーンがあるという。

「ロバート・アルドリッチ大全」は背表紙が4センチもある研究書で、知らなかったことがいろいろ載っていた。今年はロバート・アルドリッチの遺作になった「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)が、渋谷の名画座でリバイバル上映された。30年前に亡くなった監督に、にわかに光が当たっている。ロバート・アルドリッチ再評価の波がきているのなら、僕はとても嬉しいのだけど......

●自分の価値に目覚めること、自尊心の再発見が描かれる

「カリフォルニア・ドールズ」が日本で公開されたのは、1982年6月だった。当時、僕は月刊「小型映画」編集部にいて、双葉十三郎さんの映画評のページを担当していた。双葉さんは「カリフォルニア・ドールズ」を絶賛した。女子プロレスの世界を描いたキワモノという偏見を持つな、と原稿にあった。カリフォルニア・ドールズという女子プロレスのタッグ・チームのマネージャー兼トレーナーを演じたのは、刑事コロンボで人気が出たピーター・フォークだった。

ロバート・アルドリッチと言えば男っぽい映画、あるいは男しか出てこない映画ばかり撮るので有名だったので、女子プロレスの世界を描いたのは意外だった。しかし、そこにはすべてのアルドリッチ映画と同じように、人間としての誇りが描かれていたし、敗北や絶望から立ち上がる人間たちがいた。アルドリッチは「カリフォルニア・ドールズ」について、こんなことを言っている。

──主人公の三人はそれぞれ敗北感と絶望を経験する。そして自らの幸福と精神の平穏は、他の二人の成功と安泰とに深くつながっていることを知る......物語は自分の価値に目覚めること、自尊心の再発見という道筋をたどるのだ。(「ロバート・アルドリッチ大全」より)

「ロンゲスト・ヤード」(1974年)については、「屈服しない男たち」(「映画がなければ生きていけない」第2巻291頁参照)で書いたことがある。ロバート・アルドリッチ作品の中でも一番人気を誇るのが「ロンゲスト・ヤード」だ。元アメリカン・フットボールのプロだったバート・レイノルズが刑務所に入り、囚人チームを編成して看守チームと試合をする。

刑務所長は看守チームの噛ませ犬として囚人チームと試合をさせるのだが、囚人チームは看守に仕返しができるチャンスとばかりに盛り上がる。試合にも勝ちそうになる。バート・レイノルズは、刑期短縮を餌に所長から負けることを強要され、一時は迷う。断れば一生刑務所から出られないかもしれない。彼は八百長を行う。だが、そんな己を許せない。人間には、自尊心がある。誇りがある。

男しか出てこない映画の代表としては、「飛べ!フェニックス」(1966年)がある。ジェームス・スチュアートが双発機の操縦士だ。リチャード・アッテンポロー、ピーター・フィンチ、ハーディー・クリューガー、アーネスト・ボーグナイン、ジョージ・ケネディなど、アメリカ、イギリス、ドイツの男っぽい役者ばかりが出演している。

砂漠に不時着した輸送機に乗っていた10人ほどの男たちが、様々な困難を克服して脱出に成功する物語である。舞台は砂漠。背景には不時着した双発機しか存在しない。男たちの対立があり、協力がある。ハーディー・クリューガーが演じるドイツ人の技師がいい。彼は飛行機の設計技師だと言い、不時着した飛行機の部品を使って別の軽飛行機を造ることを提案する。

僕がこの映画を見たのは、中学生のときだった。男たちの対立のドラマを面白く見たし、最後のシーンに感動した記憶はあるが、当時の僕が男たちがそれぞれに抱えた込んだ誇りや自尊心について理解できたとは思えない。しかし、この映画が僕の魂に刻み込まれたのは、アルドリッチ言うところの「自分の価値に目覚めること、自尊心の再発見が描かれ」ていたからではないか。

様々な本や映画が、僕という人間を作り上げている。メンタリティに影響を与えている。「飛べ!フェニックス」は、数多いそれらの中の一本である。僕に「どんな極限状態でも希望を棄てるな、誇りを棄てるな」と教えてくれた。人間は己に対して誇り高く生きなければならない。卑劣なことをすれば、己を軽蔑しながら生きることになるのだと......身に沁みた。

●敗北から立ち上がる人間たちを力強く描いた監督だった

「傷だらけの挽歌」(1971年)や「北国の帝王」(1973年)などは封切り時に見ることができたが、古い公開作や日本未公開のアルドリッチ作品は長く見ることができなかった。しかし、昨年あたりからWOWOWでいろいろと放映してくれたので、アルドリッチ作品をかなり見ることができたし、監督としてクレジットされていない「ガーメント・ジャングル」(1957年)まで見られた。

チャップリンの名作「ライムライト」(1952年)で、アルドリッチは助監督を務めている。その後、監督になって初めてのメジャー作品は「アパッチ」(1954年)だ。その後、何本も仕事をすることになるバート・ランカスターと初めて組んだ作品である。アパッチの戦士マサイをバート・ランカスターが演じた。ネイティブ・アメリカンを主人公にした映画は、まだまだ珍しかった。

アパッチの酋長ジェロニモが、騎兵隊に投降するシーンから映画は始まる。白旗を掲げて進むアパッチ。その白旗を撃ち、降伏を拒否するアパッチの戦士マサイ。しかし、彼は捕らわれ列車でフロリダに送られる。途中、脱走したマサイは大都会も見るし、白人のように土地に定着したネイティブ・アメリカンにも会う。だが、故郷に帰ったマサイは仲間に裏切られ、たったひとりで白人たちに反逆する。彼は敗北から立ち上がる誇り高い人間だ。

ジャック・パランスも初期のアルドリッチ作品で主役を演じた。「悪徳」(1955年)「攻撃」(1956年)「地獄へ秒読み」(1959年)がある。「攻撃」は名作の誉れ高く、僕も名画座で追いかけて見たが、数年前、日本未公開だった「地獄へ秒読み」を見ていたく感心した。「ハート・ロッカー」(2008年)がアカデミー賞をとったとき、僕は「地獄へ秒読み」を思い出したものだ。

敗戦後のドイツが舞台である。6人のドイツ兵がベルリンに帰ってくる。彼らは爆発物の専門家たちだ。連合軍に雇われ、不発弾処理の仕事に就く。報酬はいいが、いつ死ぬかわからない。彼らは報酬の半分をプールし、生き残った者がそれを受け取る決まりを作る。リーダーを演じたのが、「シェーン」(1953年)の黒ずくめのガンマンで人気を得たジッャク・パランスである。

仲間たちが次々に死んでいく。信管がふたつあるタイプの不発弾処理を間違ったからだ。やがて、ジャック・パランスも、その二重信管の不発弾を処理しなければならなくなる。いつ爆発するかわからない不発弾を、ジャック・パランスは慎重にバラしていく。緊迫感はテレビ画面で見ても相当なもので、僕はハラハラした。大きなスクリーンなら、もっと手に汗握ったことだろう。

爆発物処理に従事する6人のドイツ兵たちも、敗北からスタートする。最初にひとりひとりの履歴が紹介され、戦争前にどんな仕事をやっていたかも知らされる。だが、彼らは戦争に負け、捕虜収容所に入っていたのだ。ベルリンに戻ってくると、空襲で街はがれきの山である。廃墟の中で、彼らは再び立ち上がる。不発弾処理という危険な仕事に命をかけるのだ。

●私立探偵映画にも西部劇にも代表作がある監督

昔、五木寛之さんのエッセイ集「風に吹かれて」を読んでいたら、五木さんが早稲田大学時代にデモに出て「原爆で殺すな。キッスで殺せ」というプラカードを掲げ、不真面目だと顰蹙を買った話が出てきた。「キッスで殺せ」(1955年)が日本で公開されたのは、昭和30年の秋だった。その頃、五木さんは早稲田大学に通っていたのだろう。

「キッスで殺せ」は僕がミステリや映画に目覚めた頃には、すでに伝説の映画になっていた。いわゆるカルト・ムービーだ。原作がミッキー・スピレインのマイク・ハマーもの「燃える接吻」である。セックスとバイオレンスを売り物にして、第二次大戦後のアメリカで売れに売れた私立探偵シリーズだ。それをアルドリッチが映画化した。

冒頭、ハーハーという女の息づかいが聞こえ、暗いハイウェイをトレンチコートを着ただけの若い女が走っている。裸足である。そのことがアメリカ人にどのような印象を与えるのかは知らないが、1950年代の男性観客は、もしかしたらそれだけで興奮したのかもしれない。画面にかぶさる女の息づかいは、明らかにセックスを連想させる。

オープンカーに乗ったマイク・ハマーが登場し、女を拾う。女は精神病院に監禁されていたが、逃げ出してきたのだという。女はガソリンスタンドで手紙を投函する。その後、女とハマーは男たちに襲われ共にとらわれる。マイク・ハマーの前で女は拷問され悲鳴をあげ続け、最後に殺される。女とハマーは車ごと崖から落とされるが、ハマーは生き延びて真相を探り始める。

「キッスで殺せ」は、今見ると原子爆弾を思わせる新型兵器がチャチだし、東西冷戦の構図が少し古くさい。しかし、当時の状況がよくわかる。だから、とても懐かしい感じがする。「これは私にとって偉大な〈処女作〉でもある」と、アルドリッチ自身が人に誇れる映画だと言っている。確かに、ハードボイルド映画の古典であり、何度でも繰り返し見たくなる作品だ。

30半ばの若手監督であるロバート・アルドリッチが評判になったのは、西部劇「ヴェラクルス」(1954年)が公開になったときだった。動乱のメキシコに金を稼ぎにやってきた元南軍の大佐(ゲーリー・クーパー)と無法者(バート・ランカスター)の友情と対立の物語だ。バート・ランカスターには、無法者たち(アーネスト・ボーグナインやチャールズ・ブロンソン)がついている。

メキシコ皇帝から伯爵夫人を港町ヴェラクルスへ送り届けることを頼まれた彼らは、伯爵夫人の乗る馬車に大量の金貨が積まれていることを知る。彼らはその金貨を狙うが、伯爵夫人、護衛隊、革命軍などが入り乱れる。ヴェラクルスに着いたとき、クーパーとランカスターに決闘のときが訪れる。この決闘が黒澤明監督作品「用心棒」(1961年)の、三船と仲代の決闘に影響を与えたという説もある。

最近、NHK-BSの放映で見た「ガン・ファイター」(1961年)も、見て得したなあと思った西部劇だ。配役がいい。賭博師カーク・ダグラスを追ってきた保安官が好漢ロック・ハドソンだ。カーク・ダグラスが身を寄せる牧場の酔っぱらいの主がジョセフ・コットン、妻がドロシー・マローン、娘がキャロル・リンリーである。カーク・ダグラスは、昔、ドロシー・マローンと恋仲だったという設定だった。

彼らは、テキサスまで牛を追っていくことになる。途中、牧場主が命を落とし、ドロシー・マローンを巡ってカーク・ダグラスとロック・ハドスンが対立する。ドロシー・マローンはロック・ハドスンに惹かれている。輝くような金髪を持つ溌剌とした10代のキャロル・リンリーが、カーク・ダグラスを愛するようになる。その錯綜した愛憎関係が最後の決闘に重ねられる。こんな心理劇的な西部劇も珍しい。

ロバート・アルドリッチは30年前、65歳で死んだ。祖父は上院議員、叔母はロックフェラー家に嫁ぎ、ニューヨーク近代美術館の創設者のひとりだった。叔母の息子たちは政治家になり、ひとりはニューヨーク州知事を務めた後、副大統領となった。政界と金融界で知らぬ者のいない、アメリカの華麗なる名門一族の出身だったのだ。

そんなことは「ロバート・アルドリッチ大全」を読むまで僕は知らなかった。僕にとってロバート・アルドリッチは、胸躍る映画を作り続けてくれた監督だった。人間としての誇りを教えてくれた映画ばかりだった。敗北しても、屈しても、そこから再び立ち上がることが大切なのだと、手に汗握る面白い物語を描くことによって僕の魂に刻み込んでくれた心の師だった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951
>

最近、気が付くと血圧が上がっている。若い頃、低血圧で悩んでいたのに、いつの間にかめまいがするほどの高血圧になった。クスリは前から飲んでいるけれど、食べ物が影響するらしい。怒りっぽいのと血圧には、何の関係もないらしい。

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