世界で最も知られている日本の時計メーカー、といえばセイコーかも知れませんが、世界で最もファンの多い日本の時計メーカーは「カシオ」かもしれません。カシオの「G-SHOCK」は大きなインパクトを世界に与えました。
●会社の興り
関東大震災の後、樫尾家が上京したことが物語の始まりです。創業者である樫尾忠雄は旋盤工として働いており、鍋や釜、自転車用のライトなどを制作していました。その後、「樫尾製作所」を設立します。
●計算機との邂逅
創業まもなく、樫尾家の息子達が「電動計算機」に出会います。それからわずか5年で国産ではじめてとなる「電気計算機」を完成させました。機械式機構をもたない電気計算機は、電動計算機の抱えていた様々な問題を解決するものでした。
●パーソナル電卓の発売
電気計算機は小型化、高性能化が進み、電子式卓上計算機、いわゆる「電卓」が登場します。とはいえ1970年代でも電卓は高価なものでした。
ここに商機を感じたカシオは、価格が3分の1、大きさが4分の1という画期的な電卓「カシオミニ」を開発します。カシオミニはカシオ社の目論見通り、爆発的なヒットとなりました。
●G-SHOCK
カシオのイノベーション魂は1980年代になっても衰えを見せることはありませんでした。「ビルの上から落としても壊れない」をコンセプトに、耐衝撃時計「G-SHOCK」を開発。1983年に市場に投入します。
発売当初はアメリカなど、一部の市場でしか受け入れられませんでしたが、10年後にはカジュアルファッションを担う主要アイテムのひとつとして、日本国内でも大ヒットしました。
●データバンク
G-SHOCKと前後して、電話番号を記憶出来る「データバンク」が発売されています。腕時計を「時刻を知るための道具」から「情報を得るための道具」に昇華させた、初めての腕時計です。
現在のウェアラブルコンピューターに通じる考え方をもった商品が、1980年代に販売されていたことは驚くべきことでしょう。
●Baby-G
G-SHOCKの国内でのヒットを受け、ケースやモジュールの小さな「Baby-G」が発売されました。メンズとレディースがペアになった商品も多数発売され、バブル崩壊直後にもかかわらず大変な熱狂を以て市場に受け入れられました。
●デジカメ
G-SHOCKのヒットと並行する形で、カシオは新しい商品の開発を進めていました。液晶モニター付きのデジタルカメラ「QV-10」は、一般向けの価格と使いやすさを両立。その後のデジカメ、携帯電話、スマートフォンへと続く「撮影したその場で確認出来るカメラ」の始祖といえる画期的な商品でした。
●ものづくりとはかくあるべき
時計メーカーに限らず、その歴史や技術力を自負するメーカーは沢山あるでしょう。しかし、カシオは現在の市場の要求を満たしながら、あらたな市場をも開拓していくことができる希有なメーカーといえるでしょう。
【吉田貴之】info@nowebnolife.com
イディア:情報デザインと情報アーキテクチャ
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兵庫県神戸市在住。Webサイトの企画や制作、運営を生業としながら、情報の整理や表現について研究しています。