どんな機械であっても、その進化に伴って、全体の大きさは小さく、同時に同じ大きさでの機能や性能は向上していく傾向があります。機械式時計も例外ではありません。
●懐中時計の普及
当初、機械式時計は大型で公共性の高いものしかありませんでした。次第にサイズダウンが進み、とうとう個人が持ち運べる大きさのものが開発されました。
一度持ち運べる大きさの物が出来ると、その進化は勢いを増し、ポケットに入れて持ち運べる大きさにまで小さくすることが出来ました。懐中時計(ポケットウオッチ)の誕生です。
長い歴史の中で、時計が個人的なものになった初めての瞬間です。
●腕時計の気配
裕福な男性が懐中時計を持つことが一般的になると、今度は女性も自分の時計を身につけたがりました。しかし、当時の懐中時計はまだまだ大きくて重いため、女性が持つには不向きとされていました。
やがて小型で軽量な時計の開発が進みましたが、これは腕時計としてつくられたわけではありませんでした。
ただ、利用者の要求や職人のアイデアにより、19世紀後半には女性用のブレスレットに時計をくっつけた「腕時計らしいもの」が製作されていたことはわかっています。
●時計を腕につける
腕時計とは腕に着けて使う時計である、という見方をすれば前述の「腕時計らしいもの」が初めての腕時計でしょう。
ただ、これは宝石店などがとくべつにあしらえた一点物であったため、現在につながる腕時計の歴史の一歩とは認識されていないようです。
一般的には、戦場で兵士が懐中時計を腕に巻き付けて使用したことが、腕時計の始まりとされています。
1879年にはドイツ海軍が腕時計を製作させた記録が残っており、また1895年の日清戦争で、また1899年のボーア戦争でも腕に時計を装着した様子が写真として残っています。
●腕時計の誕生
1902年、オメガ社が腕時計を商品化しました。当時の腕時計は小型の女性用懐中時計の竜頭位置を変え、装着のために革ベルトが使えるようにしただけのものでした。
以降、腕時計専用ムーブメントや腕時計専用ケースの開発も進みますが、戦場
以外で男性が腕時計を使用することはほとんどありませんでした。
現在の状況と比較すると、「腕時計は女性のもの」という時期があったことは不思議な感じです。
●カルティエ「サントス」と第一次世界大戦
1911年にカルティエ社が製作した「サントス」は、もとは飛行家であるアルベルト・サントス・デュモン(ブラジル)のために作られたものでしたが、軍用時計とは異なる洗練されたデザインが一般の男性にも受け、市販されるに至りました。
その後、第一次世界大戦頃には腕時計が一般に認知されるようになり、戦後には懐中時計メーカーの多くが、腕時計の製作を手がけるようになりました。
●腕時計と戦争
腕時計は戦場での実用性からうまれたものでしたが、これ以降も戦争と腕時計の進化には、切っても切れない関係が続きます。
これもすべての機械にいえることですが、大幅な機能や性能の向上は、戦争のような過酷な出来事がきっかけとなることがあります。
もちろん、その要求に応えようとする開発者の努力とアイデアがあってこそ、急激な進化を成し得たのでしょう。
【吉田貴之】info@nowebnolife.com
イディア:情報デザインと情報アーキテクチャ
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兵庫県神戸市在住。Webサイトの企画や制作、運営を生業としながら、情報の整理や表現について研究しています。