まにまにころころ[185]ふんわり中国の古典(論語・その48)きっと「名を正す」ことからだな
── 川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito ──

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コロこと川合です。俳優の伊勢谷友介さんが大麻所持で逮捕されましたねえ。伊勢谷さんと言えば、私の中ではNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の松陰先生です。

もう、松陰先生の肖像に生き写しで。実際に並べて比べるとそうでもないのに、生き写しと思わせる雰囲気、オーラがあったんですよ。内に秘める狂気までも滲み出る感じで(松陰先生は内に秘めるというか狂気ダダ漏れの人ですが)。

こんなこと書いちゃダメなことは百も承知ですけど、あれがもし大麻によって引き出された演技なんだとしたら、俳優の大麻使用は認めてあげて欲しいほど。

もっとも週刊誌のゴシップに寄れば、伊勢谷さんはDVも激しかったらしいとの噂があったそうなので、それも大麻のせいならやっぱダメですね。

ゴシップと言えば、『花燃ゆ』で久坂玄瑞を演じた俳優さんも少し前に騒動を。先生も先生なら弟子も弟子だな!(違)

その『花燃ゆ』でも松陰先生が『論語』を読むシーンがありました。子どもの頃から畑仕事を手伝いながら素読したり。後々、松陰先生は陽明学に感化されていくのですが、陽明学は明代に興った儒学の一派です。

ちょうど今日扱う話の中で、幕末への影響にも触れようと思っていたんですが、まさかこんな形で幕末に思いを馳せることになろうとは。

ま、大麻で捕まったのは伊勢谷友介であって吉田松陰じゃないんで、気持ちを切り替えて今日も論語を読んでいきましょう。





◎──巻第七「子路第十三」一

・だいたいの意味
子路が政治について尋ねた。

孔子先生は仰った。
自ら率先して行い、人を労う(ねぎらう)ことだ。

もう少し教えてください。(子路が尋ねた)

(孔子先生は仰った)
飽きないことだ。

──巻第七「子路第十三」一について

新章も孔子先生に尋ねてみようシリーズから。いくつか解釈があるところで。

先生の回答は「先之勞之」なんですが、後ろの「労」を人を労うとするのか、人に労働させるとするのか。後者の場合は、まず自分がやって、それから人に働かせる。まず自分が動くことで心をつかみなさい、人に命令してやらせるのはそれからだ、というような解釈です。

また、自ら率先して労働することだ、というような解釈もあります。

簡潔な回答に、もっと教えて、もうひと声、と子路がリクエスト。返ってきた答えは「飽きないこと」と。「倦むことなかれ」をそう訳したのですが、前に「顔淵第十二」十四で、子張が政治について尋ねた際にも出てきました。

怠けるな、おざなりにするな、手抜きになるな、といったところです。


◎──巻第七「子路第十三」二

・だいたいの意味
仲弓が季氏の家宰となり、孔子先生に政治について尋ねた。

孔子先生は仰った。
役人人事をまず行いなさい。小さな過失は許しなさい。賢才を登用しなさい。

子張が言った。
どうやって賢才を見つけて登用すればよろしいでしょうか。

孔子先生は仰った。
あなたの知る者を登用すればいいのです。あなたの知らない者については人が捨て置かないで推挙してくるでしょう。

──巻第七「子路第十三」二について

才能ある人間をどうやって見つければいいのかという質問に対して孔子先生は、知ってる賢才をきちんと登用していけば、自然と周りから推挙されてくるよと。

探しかたではなく、仕組み作りを薦めるところがさすがですね。


◎──巻第七「子路第十三」三

・だいたいの意味
子路が言った。
衛国の君主が先生をお迎えして政治を行うなら、先生は何をまず行いますか。

孔子先生は仰った。
きっと「名を正す」ことからだな。

子路が言った。
これだからなあ、先生は迂遠だ。どうしてそれを正すところからなのですか。

孔子先生は仰った。
粗野だな、由(子路)は。君子は知らないことについては黙って聞くものだ。いいか、「名」が正しくなければ、「言」が乱れる。「言」が乱れれば、「事」が成り立たない。「事」が成り立たなければ、「礼楽」が発展しない。「礼楽」が発展しなければ、「刑罰」も正しく執り行われない。「刑罰」が正しく執り行われなければ、民は安心して手足を置くところもなくなる。

だから君子は、「名」をつければ必ず「言」を整えて、「言」を整えれば必ず実行する。君子はその「言」においていい加減にすることはないのだ。

──巻第七「子路第十三」三について

諸説あれこれあります。上記も解釈の幅がとれる書き方にしました。難しい。

「名を正す」がどういうことか、これはずっとずっと考えられてきました。

その後の孔子先生の説明中、「名」を「言葉や単語」とし、「言」を「論理」だとする説もあります。これ、割とすっきり話が通るように思います。

でも宋の時代以降、つまりは朱子学や陽明学の時代ですが、そこから発展して「名を正す」とは、「名分を正す」ということだと解釈する説が主流になったようです。

名分を正す、というのは、分をわきまえること。

自らに与えられた身分に求められる役割をわきまえることです。

人倫上の地位に固有の本分があり、それを正しく履行することです。

「顔淵第十二」十一で孔子先生が斉の景公に答えて仰った、これです。

君、君たり。臣、臣たり。
父、父たり。子、子たり。

今回の話、孔子先生と子路は衛国に向かう途中でのことなのですが、この時の衛国がまさに、名分の乱れから混乱していたからその解釈が強調されたのかもしれません。

乱れに乱れてややこしい話なので詳細は割愛しますが、後にクーデターにまで発展します。その時、衛国の重臣に使えていた子路は巻き込まれて絶命します。

結果から言えば、衛国の名分の乱れは、とても重い出来事となったわけです。

君、君たり。臣、臣たり。
父、父たり。子、子たり。

朱子学や陽明学でこの「名分」が重視されたこと。それは、朱子学や陽明学が盛んに学ばれた江戸時代、特に幕末の日本に大きな影響を与えます。

「正名論」「名分論」「大義名分論」といった形で議論され、「尊王論」へと繋がっていきます。

水戸の「烈公」こと徳川斉昭の右腕とされた藤田東湖の父、水戸学中興の祖と言われる藤田幽谷は、『正名論』という書を著して名分を説いています。

宋の時代に書かれた司馬光の『資治通鑑』にある正名論から始まって、君臣の名分を正すことの重要性を説いたものだそうですが、この書自体というよりもこういった幕末期の水戸学自体が、維新に大きな影響を与えています。

もちろん水戸学だけでなく、朱子学や陽明学からくるこの名分論は江戸時代を通じて維新の種を撒き、それが幕末に萌芽したわけです。

日本という国を一新した明治維新。それを遡っていけば、そこから二千数百年も前に書かれた、この「子路第十三」三に辿り着くとも言えるのかと思うと、感慨深いというか何というか、言葉にならないですね。


◎──巻第七「子路第十三」四

・だいたいの意味
樊遅が穀物の栽培について学びたいと(孔子先生に)願い出た。

孔子先生は仰った。
私では熟練の穀物農家にはおよばないよ。

続いて野菜の栽培について学びたいと願い出た。私では熟練の野菜農家にはおよばないよ。

樊遅は退室した。

孔子先生は仰った。
樊須(樊遅)は小人だなあ。上に立つ者が礼を好めば、民はみな敬意を抱く。上に立つ者が義を好めば、民はみな心服する。上に立つ者が信を好めば、民はみな情をもつ。そのようになれば、四方の万民が子を背負って集まってくる。どうして穀物の栽培に励む必要があるのか。

──巻第七「子路第十三」四について

ちょっと出来の悪い弟子、樊遅の再登場です。ただ、孔子先生は別に、樊遅のことも農作業のことも馬鹿にしているわけではありません。政治を学ぶ場での、樊遅の視点の低さにため息をついてるだけです。

たぶん樊遅は、国づくりには農業が大事だと思ったんです。で、孔子先生が、まずは上の者が率先して行えと言ってたから、農業を学ぼうとしたんです。

でもそうじゃないんだよと。政治家がすべき農業は、畑を耕すことじゃなくて、正しい政治を行うことで農業の担い手が集まる国にすることなんだよと。

樊遅は確かにちょっと抜けてるけど、素直さや真っ直ぐさは得がたい資質。

頑張れ樊遅。


◎──巻第七「子路第十三」五

・だいたいの意味
孔子先生は仰った。
詩経の三百篇を暗唱していても、政治を委ねられても政治に通達せず、四方の国に使者として送られても独りで応対できないようなら、(知っている詩の)多さが何の役にたとうか。

──巻第七「子路第十三」五について

ここはそのままですね。孔子先生は学問の基礎に『詩経』を置いていますが、いくら詩を丸暗記したところで、実務能力に欠けていては意味が無いと。

「泰伯第八」八で、孔子先生は学問を「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」と。教養の根本ではありますが、基礎は基礎で。しかも丸暗記を誇ったところで、そこから学ぶことも発展させることもなければ、使い物にならないんです。


◎──今回はここまで。

藤田東湖の話。安政の大地震で亡くなる東湖ですが、地震直後はいったん屋敷を飛び出して無事だったそうで。東湖の母が火の始末を心配して屋敷に戻り、倒壊を心配した東湖が後を追ったところ屋敷が倒壊し、身を挺して母を庇って救出して、亡くなったそうです。「子、子たり」を体現した最期でした。

さて次回は10月になる予定です。9月に入って気温はかなり落ち着いた感があり、このまま行けば10月は秋らしい気候になってくれているかもしれません。

まだ日差しはちょっと強く、マスクもあって暑さ対策は必須ですが、あれこれ気をつけつつ、季節の移り変わりを感じていきましょう。

食欲の秋は目の前だ!


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
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