年が明け2021年になった。私はといえば、あいかわらず漫画原稿と絵画制作で、日々を過ごしている。そんな毎日の合間に、実はもう一つあることをしていた。
それは「本」を読む訓練だ。23歳ごろから「本」というものが読めなくなってしまったのだ。ここでいう「本」とは、漫画本やネットなどに載っている個人の小説のことではない。文字で構成されている、出版社などから出ている製本された「本」のことだ。
まず、手に取った時に感じる重みで拒否反応が出てしまう。何とかページをめくって読もうとすると、「文字」が目から滑り落ちる。「文字」が見開きのページの中を、這いずりまわって動くように感じる。まるでミミズに似た生き物のようだ。
今まで読むのが速いと言われていただけに、その出来事はショックだった。そこで、これではいけないと思い、少しずつ訓練することにしたのだった。
まず、読む本の種類を限定した。幸い漫画の仕事にしろ、このような文章の執筆にしろ、ジャンルが「エッセイ」と名がつくものだったので、短編を集めた随筆を読むことに決めた。「随筆が読みたい」と言ったら、本好きの母がかなりの量をセレクトして持ってきてくれたので、その中からまた選ぶことになった。しかし、内容が未知数な故に、判断はジャケットの絵や写真ですることになる。
本に装丁された絵や写真は、どれもとても魅力的だった。きっとデザイナーさん達が悩みに悩んだ末、出来上がったものなのだろう。そうして見続けるうちに、様々な装丁の中から私にとってひときわ魅力的に見える表紙の写真があったのだ。その本のタイトルは「塩一トンの読書」。著者は須賀敦子、表紙の写真はなんと、尊敬する芸術家の一人である岡本太郎が撮ったものだった。
岡本太郎の写真はいくつか見たことがあるが、どれも動きがある人物のモノクロ写真ばかりであった。しかし、「塩一トンの読書」の表紙はカラーで、俯瞰して本を撮った写真である。本が置かれた机の木目が美しさと静けさを感じさせ、ほのかに明るい照明の光が優しさと寂しさを感じさせた。
写真に写る本の表紙には、一匹の鳥が木の枝にとまっている。私はこの「本」を、何としても読み終えることに決めた。何年かかってもいい、それだけこの本に対して愛着を持つことが出来た。結局、読み終えたのは昨日だ(この文を書いているのは1月16日なので、15日に読み終えたことになる)。
須賀敦子さんの独特な静けさを持った文章を読むことは、生活の一部となっていたので少しさびしかった。それと同時に、やっと一冊「本」を読み終えることができた喜びにも浸った。
この世には様々な「本」がある。どれも個性的で面白いものばかりなのだろう。世界の情勢や書いている人間によって表現の幅は無限大で、出来上がった「本」はまた人の手に渡り広がる。そんなあたり前のことが、私には「本」という生き物が繁殖していくようにも見えた。
私はまだまだ読めない本が多い。しかし、少しずつでもいいから、表現の海に漂う「本」という生き物を捕まえて吸収していきたいと思う。そして、おこがましいけれど、皆さまにとって私の文章もそうでありますように。今年もよろしくお願いします。
【木村きこり】
漫画家/美術家
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